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フユの備忘録

読んだ本の感想などを書いています

ジュンパ・ラヒリ 「べつの言葉で」 (中)

ジュンパ・ラヒリ 「べつの言葉で」

 Jhumpa Lahiri, In altre parole

 

べつの言葉で (新潮クレスト・ブックス)

 

言葉にされず、形を変えず、ある意味では、書くというるつぼで浄化されることなく通り過ぎるものごとは、わたしにとって何の意味も持たない。長続きする言葉だけがわたしには現実のもののように思える。それはわたしたちを上回る力と価値をもっている。

 

 書くこと、あるいは書くという行為を通して生まれる言葉に対するラヒリの並々ならぬ思いがあらわれたこの一節に、息をのんでしまう。

 

 ある国に長く暮らし、その国の言葉を何不自由なく話し書くことができるにもかかわらず、あなたはなぜそこにいてその言葉を話すのかと、ことあるごとに尋ねられたなら、あるいは尋ねられはしなくとも、ちょっとした視線や言葉の調子から、そう思われているのを感じてしまったなら、自分の存在が否定されたような気持ちになるだろう。自分が思う自分と他者の目にうつる自分との間に大きな隔たりがあることを思い知らされるだろう。その隔たりはなぜ生まれるのか、自分はどう見えているのか、さらには自分とはいったい何者なのかという問いがそこに生まれ、他者を、というよりもむしろ、自分自身をじゅうぶん納得させられるような答えを出そうと考え続けることになるに違いない。アメリカ人として受け入れられることを激しく求めながら、無条件に受け入れられることのなかったラヒリの頭には、自分は何者なのかという問いが常にあっただろう。

 

 生きていくためにぜひとも習得しなければならない言語が、共に暮らす親にとってはそのアイデンティティーを脅かす言語であるのだとしたら。英語の単語を一語また一語と覚えていく喜びも、英語の本が読めるようになる楽しみも、それをもっとも分かち合いたいはずの親と分かち合うことができないとしたら。おそらく子どもは感じなくてよいはずの後ろめたさや心苦しさを感じてしまうし、知るには早すぎる孤絶感を味わってもしまう。親に十分守られていると実感することがまだまだ必要な年ごろに、言葉の面で、逆に親を守る側にたつことさえあったラヒリには、自分を庇護してくれる強さに満ちているはずの親の、弱者としての姿に、つまりは生身の人間としての姿に気付いてしまう機会が折にふれてあっただろう。

 

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 言葉さえできれば。英語を理解してはいても流暢に話すことのできない親の苦労を見るたびに、英語を完璧に話せさえすればとラヒリは思う。だが、言葉がいくらできてもそれだけでアメリカ人とみなされるわけではなく、そうと思い知らされるたびに、ラヒリの心はどこにもぶつけようのない憤りと無力感とでむしばまれていく。

 

 偶然とみなすにはあまりにしばしば、納得のいかない出来事、理解しがたい出来事に遭遇して、この理不尽はいったい何だろう、そこに何の意味があるのだろうとラヒリは考える。答えなど見つかるはずのないその問いをつきつめていく中で、ある時、理不尽な出来事を引き起こす要素は自分という存在にこそあるのだ、と思い至る。自分のなかの何かがそれを引き寄せてしまうのだと。そう気づいた瞬間、ラヒリのなかに自身を見る他者の目が生まれる。

 

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  書くことは自分自身と対話をすることだ。理解にあまる物事を書くことをつうじて理解しようとし、いまだかたちのないものにかたちを与えようとして書くという行為に出るとき、書きつける言葉のひとつひとつが、その精確さを書き手に問いかけてくる。いったい、この一語は思いを、物事のあり方を、矮小化も誇張もせず、怖れや願望に雲らされることもなく、うつし出すことができているのかと。他の誰をでもなく自分自身を納得させるために事象と言葉とを考えぬく。なかなか見えてこないものをどうにか見ようして目をこらす。そして自身のなかの他者の目が見開かれる。数えきれぬほど多くの問いがうまれ、あまたの言葉が浮かび、精査されては消えていく。最後に紙面に残った言葉には、幾多の問いを経てなおそこにあることが許されたものたちの持つ強さと、いくらかの普遍性が宿っている。

 

 書くという行為を通して見えてきた風景、しぼり出された言葉だけが、ラヒリにとっての真となる。

 

ジュンパ・ラヒリ 「べつの言葉で」 (前)

ジュンパ・ラヒリ 「べつの言葉で」

 Jhumpa Lahiri,  In altre parole

 新潮社、クレストブックス、2015年刊。中嶋浩郎訳。

 

べつの言葉で (新潮クレスト・ブックス)

 

 2014年の中ごろから今年のはじめまで、身辺で実にさまざまなことが起き、本を開くことができなかった。なかなか診断のつかない病に消耗していく人間をかかえてにっちもさっちもいかない状態になり、他者の物語に耳をかたむける余裕がほとんど持てなかった。一昨年出版されたラヒリの「低地」も、買ったきり積んどくの山の一部と化している。ラヒリの身に何が起こっているのか知るよしもなかった。

 

 だから「べつの言葉で」を開いた時、訳者の名を見て驚いた。ラヒリを「オレの女」と呼んだという小川高義氏ではなかったから。「その名にちなんで」の訳文の、心地よいリズムに酔わされて以来の小川ファンとしては、その名がないのを怪訝に思った。スケジュールがどうにも合わなかったのだろうかと想像しながらページをめくる。

 

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 「べつの言葉で」は、ラヒリのイタリア語によせる愛の記録だ。イタリア語という愛の対象を得て、心の中に小さな自由を手にいれたラヒリが、ベンガル語、英語、イタリア語の三言語と自らとのかかわり方を見つめ、思いを語る告白の書でもある。

 

 1994年、初のイタリア旅行でフィレンツェを訪れたラヒリは、聞こえてくるイタリア語に名状しがたい親和性を感じる。

 

  わたしとつながりがあるに違いない言語のような気がする。ある日偶然出会ってすぐに絆とか情愛を感じる人のような気がする。まだ知らないことばかりなのに、何年も前から知っているような、覚えなかったら満足できないし、完結できないだろうと思う。わたしの中にこの言語の落ち着けるスペースがあると感じる。

 

 はじめて会ったのになぜかなつかしさを感じたり、どこか結ばれていると感じたりするのは、情熱的な恋につきもののプロローグだが、イタリア語について語るラヒリの言葉は、まさしく恋におちてしまった人のものだ。一目ぼれならぬ一聴きぼれとでも呼べそうな出会いがあって、ラヒリの胸にイタリア語への愛が芽生える。

 

 帰国後ラヒリはイタリア語を学びはじめる。独学から個人レッスンへ。週に一度、先生に会い、イタリア語で話す。単語を学び、練習問題を解く。イタリア語の本を読み、知らない単語をメモし、覚える。忘れてはまた覚える。地道な作業の繰り返しだ。そうやって少しずつ学んだ言葉をイタリアを訪れるたびに使って試しては、うまくしゃべることができずに落胆する。

 

 ある時、読むのはイタリア語の本だけと決める。小説の仕上げにかかっている時期のことだ。書くのは英語、読むのはイタリア語で、インプットとアウトプットが異なる言語になり大変だが、それでも実行する。

 

 イタリアに移り住むことに決める。場所はローマ。初めて訪れたときに相性のよさを感じた街だ。そこには家族のほか知っている人はだれもいない。暑い夏の盛り、着いたそばからアクシデントに見舞われ、生活に関わる何もかもに不慣れな街で右往左往する。日々感じる混乱と動揺。ふと、それをイタリア語で綴ろうという思いに駆られる。英語はもう頭に浮かばない。文法もなにも構わずに、ただひたすら思うまま、ノートに書きつける。子供のころ日記を書いていて感じた歓びがよみがえる。

 

 だがしょせん日記はモノローグだ。自己満足以上のものにはなりえない。書いたものを他者の目にふれさせる必要があると感じている中、ある日突然、イタリア語で、物語が頭に浮かぶ。英語で書くときには推敲に推敲を重ね、満足いくまで何度でも書きなおすのに、イタリア語では吟味の対象である言葉の選択肢が限られてしまうせいもあり、小編が正味4時間で書きあがる。言語が、書くスタイルまで変えてしまう。

 

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 その、イタリア語で書かれた小編「取り違え」を読みはじめたところで、遅まきながら、ようやく事情が飲み込めた。ラヒリはこの「べつの言葉で」をイタリア語で書いているのだ。あわててページをさかのぼってみると、いやはや、すっかり見過ごしていたが、タイトルページ裏の原題が"In altre parole"となっているではないか。本屋でかけてもらったカバーにかくれていたが、帯にも「イタリア語で書かれた」という文字が。訳者が小川氏でないのはそのせいなのだ。

 

 20年もの間、一歩一歩着実にイタリア語を学び、ついにはイタリアに移り住んでまで言語との距離をかぎりなく縮めようとしているラヒリは、それにしてもなぜ、英語で書き続けていれば不自由なく思うところを書き尽くせるものを、わざわざイタリア語で書くという冒険にでようと考えたのだろうか。読み手が当然ながらに感じてしまうその疑問は、そのままラヒリ自身の疑問でもあり、その答えがところどころで示される。

  

たぶん、創造という観点からは、安全ほど危険なものはないからだろう。

 

イタリア語を勉強するのは、わたしの人生における英語とベンガル語の長い対立から逃れることだと思う。母も継母も拒否すること。自立した道だ。

 

 ベンガル人の両親のもと、ロンドンに生まれ、3歳でアメリカに渡ったラヒリ。移住してなおその地の文化に染まることを敗北と考える母親がいて、家ではベンガル語以外を話すことを禁じられる。両親に認めてもらうために訛りのないベンガル語を話そうと懸命に努力するが、母語であるはずのその言葉が完璧には話せない。一方、アメリカで生きのびるのに必要な英語は、完璧に話せる母国語ではあるけれど、顔かたちや名前のせいでアメリカ人とは認めてもらえない。結局どちらの言語とも一体化することができなかったというラヒリが、誰に強制されたのでもなく、自らの意思によって、今後の拠りどころとすべく選んだのがイタリア語だった。

 

 完璧には話せない母語と、完璧に話せはするがそこに根付いているとは感じられない母国語。二つの言語の間で葛藤しつづけながら、ラヒリは常に自分を欠陥のある存在として、不完全な存在として意識してきたという。でも、それならば、と読み手としては不安になる。そこにイタリア語という第三の言語を持ち込んでも、それは単にもう一つの不完全さを、それも、より徹底した不完全さを引き受けることになるだけなのではないのだろうか? と。 

 

 だがラヒリは、もはやイタリア語に関しては、完全であろうと思ってはいない。

 

もしわたしとイタリア語の間の距離を埋めることが可能だったら、わたしはこの言語で書くことをやめるだろう。

 

 ベンガル語の場合にも英語の場合にも自らに課してきた完璧さの呪縛はここにはない。言語と一体化したいという切迫した希いも、アイデンティティをかけた探求もない。あるのは、イタリア語に対する情熱、そして、絶対に到達できないとわかっていても、あるいはわかっているからこそ、その到達できないかもしれない場所にむかって歩こうとする強い意志だ。作家としての矜恃、そして言葉に対するほとんど信仰とも言えるほどの強い思いがある。

 

 その情熱と意志の裏に、彼女が抱えていた葛藤の激しさを思う。一個人としてはアメリカ人とみとめてもらえないことが多々ありながら、アメリカ人作家として分類され賞賛されることの不条理。その不条理に対して感じていたであろう、やり場のない憤りと違和感を思う。英語で書く作品が評価されればされるほど、胸のうちで大きくなっていったに違いない、その違和感を。

 

 

オリヴィエ・アサイヤス 「アクトレス」

オリヴィエ・アサイヤス 「アクトレス」

  Olivier Assayas,  Sils Maria, 2014

         

 アサイヤスの映画を地元のシネコンで見られる日がくるとは思ってもいなかった。こんな機会はもうないかもしれないので、時間をやりくりして駆けつけた。(のは、もう去年の話になってしまった)

 

 個人的には「夏時間の庭」以来のアサイヤスだ。「夏時間」にもビノシュが出ていたけれど、あれは、緑に囲まれた趣深い邸宅と数々の美しい調度品が主人公とでも言えるような作品で、ビノシュが出ている必然性が正直感じられなかった。でも、今回の「アクトレス」、主人公のマリアを演じるのは、ビノシュ以外には考えられない。

 

 若く無名だったマリア(ビノシュ)にスターとしての道を確約することになった舞台「マローヤの蛇」。その作者、戯曲家ヴィルヘルム・メルヒオールの功績をたたえる式典が開かれることになり、代理で出席することになったマリアは、マネージャーのヴァル(クリステン・スチュワート)とともに式典の開催地チューリヒへと列車で向かう。スマホを手に列車内をせわしなく行き来しながらマリアのスケジュールを調整するヴァル。そこにメルヒオールが死んだという知らせが入る.....。

 

 この冒頭のシーンを見ていて、思いがけず、デジャヴュ感に襲われた。見たはずのないシーンなのに、いったい、なぜ? 小さな動揺を感じながら記憶の中をさぐっていくと、アモス・ギタイの「撤退」が浮かんだ。「ビノシュ」「列車」「死」という三つの共通のモチーフが、デジャヴュ感をさそったようだ。「撤退」の始まりも列車内シーンだった。といっても、乗っていたのはビノシュではなく、弟役のリロン・レヴォだったけれど。父親の葬儀に出席するためにイスラエルからフランスに戻るというシーンだった。

 

 「撤退」は前半と後半とで作品の空気が一変するので、見終わった後、趣の異なる2つの物語を読まされたような気がしたものだ。ビノシュは、コケティッシュな女、離れて生きる娘の身を案ずる母親、という2つの顔を自在に演じていて、人間の様々な感情を巧みにあらわす表現者だなあと思ったことを覚えている。美人というカテゴリーにあてはまるかどうかは微妙だけれど、なぜかその姿を目が追ってしまう。そんな磁力がビノシュにはある。フランス版メリル・ストリープ、といったところだろうか。忘れがたいのは、娘を訪ねてイスラエルに入ったビノシュが、案内役の男の車を港(?)で待つシーンだ。薄いベージュのコートに、かすかにオレンジがかった淡いピンクの長い長いスカーフ。その柔らかな色合いが、彼女の肌の白さによく合っていて、とてもエレガントだった。

  

 その「撤退」から7年。さらに貫禄と手堅さを増したビノシュが「アクトレス」で演じるのが、女優マリアだ。年の頃といい業界での立ち位置といい、ビノシュ本人を彷彿とさせるマリア。となると、どうしてもこちらは、マリアとビノシュを重ね合わせて見てしまうことになる。

 

 「マローヤの蛇」の再演が決まり、マリアに再びオファーが来る。だが今回は、かつて演じた若きシグリッド役ではなく、シグリッドに入れ込んだあげく棄てられ、死ぬことになる中年のヘレナ役でのオファーだ。シグリッド役を疑っていなかったマリアは、自分がもはやそれを演じるだけの若さがないと見られているのだと思い知らされる。他人の目に映る自分の姿に誰よりも敏感であるはずの女優にとって、お前はもう若くないと遠回しに言われることは、屈辱以外のなにものでもないだろう。そしておそらく、ビノシュ本人にとっても、その屈辱感はもはや無縁のものではないに違いない。

 

 マリアはそのオファーを一旦は断る。以前ヘレナを演じた女優は乗っていた車が激突してーー事故なのか自死なのかーー撮影後に死んだから、と。ヘレナ役につきまとう不吉な影が怖いというわけだ。でもそれはとっさに出た言い訳にしか聞こえない。マリアはただ自分が歳をとってしまったという事実を受け入れられないだけなのだ。

 

 シグリッド役に抜擢されたのは、若さにまかせた怖いもの知らずの言動でたびたびゴシップを提供するジョアン(クロエ・グレース・モレッツ)だった。彼女が出演するハリウッドSF映画をヴァルと一緒に見に行ったマリアは、その映画をこきおろす。高笑いする。怖れの裏返しとも思えるヒステリックなまでの笑い。

 

 ジョアンに才能を認めるヴァルは、マリアのその笑いが不快でたまらない。「時々あなたのことが本当に嫌いになる」と吐き出すようにつぶやく。 ヴァルは観察者だ。女優マリアをあらゆる形で支えつつも、彼女と同化することなく、独自のものの見方を崩さないでいられる冷静さを持っている。しなやかな感性と広い守備範囲で、豊富な経験に裏打ちされたマリアの頑固な価値観に新たな視点を吹きこむ、言うなれば、古いものと新しいものとの間をとりもつコネクターだ。

 

 役柄の魅力もあってか、このヴァルを演じるクリステン・スチュワートの存在感が、物語が進むにつれ自分の中でぐんぐん大きくなっていく。ビノシュ+アサイヤスの組み合わせに惹かれて見にいったはずの映画で、いつの間にかクリステン・スチュワートの姿を探しているのだから。贅肉のない、繊細でシャープなその演技が、ヴァルという存在に確かなリアリティを与え、ビノシュとクロエ・グレース・モレッツという華やかな女優役の2人にはさまれながら、その2人を凌ぐほどのプレゼンスを醸し出している。それも、これ見よがしにではなく、ごく自然にうつる演技で。

 

 ビノシュのほうはいかにも女優にふさわしい立ち振る舞いに徹している。役柄からしてそれは当然のことなのだが、スチュワートのラフな感じとあまりに対照的なせいか、その感情表現が時に過剰で紋切り型のようにも見えてしまう。演じていることを感じさせる演技というか、少し時代がかった演技というか。

 

 シルス・マリアにある静謐な白い山荘で、あるいは山腹で二人は台詞合わせを重ねる。ヘレナをどう演じたらよいか悩むマリアに、ヴァルは自分なりの役の解釈をぶつける。だがマリアは頑なにそれを容れようとはしない。相手の殻をこわすことができないことに苛立ちと虚しさを感じたヴァルは、台詞合わせの相手がほしいだけなら別の誰かに頼んでとマリアに告げ、ある日、姿を消す。

 

   Cruelty is cool, suffering sucks.

 

 ヘレナ役をめぐる対話の中でヴァルが口にする(それも、二度)この言葉が、若さと老い、愛される側と愛する側の立ち位置を端的に言い当てるこの言葉が、マリアとヴァル、マリアとジョアン、ビノシュとスチュワート、ビノシュとモレッツといういくつもの関係性と呼応して、頭の中を何度も駆けめぐってしまう。

 

 クリステン・スチュワートの強烈な存在感は姿を消してもなお残り、またどこかでふと姿を見せるのではないかという期待を、その可能性はかぎりなくゼロに近いと分かってはいても、最後まで捨てることができなかった。マリアの中にヴァルが息づいていることがわかる場面を目にする歓びときたら。それにしても、ほとんど素なのではないかと思わせる演技で向き合ってくるクリステン・スチュワートを、ビノシュはいったいどんな気持ちで見ていたのだろうか。目に見える若さ、若さや才に裏打ちされた自信とエネルギーに対し、嫉妬や羨望や焦りといった感情を持ったりはしなかっただろうか。もっとも、娘と言ってもいいぐらいの年の相手だから、少しは母親のような気持ちになっても不思議はないけれど(「若い才能を前にゾクゾクしたわ」とか)。ビノシュに聞いたらどんな答えが返ってくるだろう。

 

 この映画でのビノシュは、いつもの通り巧みな表現者だったと思う。特にラストのクローズアップは、屈辱、諦念、覚悟、決意など実にさまざまな感情をたたえているように見えて忘れがたく、最後にきてこの作品の主人公は誰なのかを思い出させてくれる。それでも、やはりどこか冴え切ってはいないように見えてしまうのは、多分ビノシュのせいではない。それがこの作品での彼女の役割であり、それに皮肉にして残酷にも、冴え切ってはいないように見えることで、この作品のテーマが二重の説得力をもって見る側の胸に迫ってくるように思う。

  

 ジョアン役のクロエ・グレース・モレッツのふとした表情に、ヴィルジニー・ルドワイヤンの面影を見て、思わずはっとしてしまった。アサイヤスも面影を見たのだろうか。

   

 

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アリス・マンロー 「ディア・ライフ」 (後)

アリス・マンロー、「ディア・ライフ

 Alice Munro,  Dear Life

 

 「フィナーレ」4篇で描かれるのは、数十年の時を経てもなお、消化されぬまま心に残るいくつもの出来事、またそれらの出来事にまつわる当時の感情で、その感情の多くは怖れ/畏れ、憤りなど、どちらかと言うとネガティブなものだ。天真爛漫という言葉がこれほど似合わない子供は他にないだろう、と読む側が思ってしまうほど、自意識の強い子であったマンローの姿がそこにはある。マンローは長子だ(母親はマンロー誕生以前に2度の流産を経験した)。長子ならたいてい天真爛漫でいられる期間はおのずと限られてくるものだし、ましてや知力に優れた子供だったわけだからなおさら、いつまでも無邪気を装ってはいられなかったのだろう。

 

 第二次大戦のころのカナダの片田舎での親子5人の暮らし。親から受け継いだ農場を守るだけでは飽き足らない父親は、毛皮の商売で一山あてようと、土地を買いミンクやキツネを飼育するが、商機を逃し、結局工場の夜間警備員として働くことになった。母親は、小さな農家の出自から身を起して教師になった努力の人で、自分自身に対して、あるいは周りの人間に対しても、こうありたい/あるべきという理想の姿がまずありきの人だった。ある時期まで、母親に対するマンローの反発・嫌悪感はなかなか強烈で、「母が口にすることの大部分が嫌でたまらなくなり、とりわけ母があの身震いせんばかりの、わくわくしてさえいるような確信に満ちた声でしゃべるのが嫌でたまらなくなっていた」とまで言っている。だが、その母親も40代という若さで早期発症型のパーキンソン病にかかってしまうと、身支度さえ徐々にあやしくなっていく母親の身の回りの世話をし、先頭きって家事をこなすのは、もうほとんどマンローの役割ということになる。まだ十代半ばのことだ。

 

 思春期の、まだまだ夢を見ていたい年頃の女の子にしてみれば、酷に感じられるはずの家庭環境だ(それでも、マンロー自身は、当時を「不幸せなものとして記憶してはいない」「困難があったにもかかわらず、わたしは自分を運のよい人間だと思っていた」と言っている)。ただでさえ振れやすい思春期のやわらかな心。女で頭のよいことが必ずしも尊重されない時代と土地。野趣あふれるカナダの片田舎での暮らしの些事…。目の前の現実からいっとき逃げるかのように、マンローは本の世界に向かう。毎日、父親を仕事に送り出し、夕食をつくって食べ皿洗いを終えると、町の図書館で借りた分厚い本に没頭した。「銀の森のパット」「赤毛のアン」、「魔の山」、そして書かれていることがほとんど理解できなかったという「失われた時を求めて」。本を読んでいる時間は、ここでないどこかにいることが許される貴重なひとときだったに違いない。

 

 70年ほど前のカナダ・ウィンガムの風俗・習慣を垣間見せてくれるこの「フィナーレ」を、マンローは「単なる実生活の記録」と位置づけているが、読んでいると「フィクションでは…こうはならない」といった表現に出くわす。それも一度ならず。例えば、あるダンスの集いで会った娼婦の、ゴールデンオレンジのタフタのドレスについて言及するとき。

 

もしわたしが実際の出来事を思い出しているのではなくフィクションを書いているのなら、彼女にあんなドレスは着せなかっただろう。彼女には必要のない一種の宣伝だ。

 

 あるいは、父親の毛皮商売がダメになり母親もパーキンソン病を発症するなどして、一家が続けざまに不運に見舞われたことに言及するとき。 

 

これではあんまりだと思われることだろう。商売は駄目になり、母のからだは駄目になりかけ。フィクションならけっしてこうはならない。

 

 探せば他にも似たような言い回しはある。単に現実とフィクションとの違いを際立たせるための言葉に過ぎないにしても、その実、マンローの作品のありようを如実に物語っていて、面白い。一つの細部がかならず他の部分に対するなんらかの理由づけに、しかも過不足のない理由づけになっているのがマンローのフィクションだ。限られた紙片の中で物語が完結する短編小説に共通する特徴だといえばその通りだが、マンローの場合は特に、どんなにささいなパーツも、その一つ一つが全体にとって欠かすことのできないものとして存在している。

 

 完璧に組まれたピースは、けれど、時に息苦しさやあざとさを感じさせることがある。マンローのフィクションを読んでいると、まさに用意周到という言葉がぴったりくるなあと思うことがあるわけなのだが、「フィナーレ」各編は、そんな徹底した作り込み感とでもいうような面が比較的薄いので、読む側もそれほど身構えずにいられるのが、いい。(薄いとはいっても、それでも、読む側の心に深い深い余韻を残す形に仕立ててあって、これがもう何十年も書くことを生業としてきた人の文章なのだなあと、恐れ入ってしまう)

 

 「目」「夜」「声」と、簡潔で感覚的なタイトルが続く中、最後を締めるかたちで登場するのが表題作「ディア・ライフ」だ。その 'dear life'、訳者の小竹由美子さんによると文中では 'for dear life' (「必死で」の意)のかたちで使われているとのこと。

 'dear (「愛しい」「大切な」)life(「人生」「生活」「命」)'  。たったひとつの前置詞が言葉の温度をガラッと変えてしまうことの不思議がある。原語の 'for dear life' の中には 'dear life' の姿がはっきりと確認できるが、日本語の「必死で」の中には、'dear life(「愛しい、人生」)' の姿はよくよく目をこらさないと見えてこない。

 

 心を揺さぶられるのは、その 'dear life' という言葉にまつわるエピソードだ。

 近くに住む気のふれた老女から守るために、乳母車に眠るわが子を必死に('for dear life' )抱き上げたマンローの母。そして、マンロー一家が住んでいた家のルーツを考えると、もしかしたらその時、もう大きくなっているはずの娘を求めて乳母車を探っていたのかもしれないとも想像される、気のふれたその老女。両の母親の、せつないほどの、子を思う気持ち。

 

 それなのに、子というものは。親の思いに寄り添うことができるようになるのは、いつも遅すぎてからなのだ。

 

わたしは母の病の最終段階にも葬儀にも帰省しなかった。二人の小さな子供がいて、バンクーバーには子供たちを託せる人が誰もいなかったのだ。旅行の費用を捻出するのもやっとだったろうし、それに夫は形式的な行為を軽蔑していた。だがどうして彼のせいにする? わたしだって同じ気持ちだった。何かについて、とても許せることではないとか、けっして自分を許せないとか、わたしたちは言う。でもわたしたちは許すのだ--いつだって許すのだ。 (383ページ)

 

 「わたしたちは許すのだ」

  わたしたち。

 その言葉が目に飛び込んできた瞬間、マンローの物語は一気に私たちの物語になる。自らを断罪するかのように放たれるマンローの言葉が、読み手である私たちをぐっと巻き込む。「これはあなたの物語でもある」と耳打ちをしてくる。心の底に澱んで何かあるたびに顔を出す悔悟の念。決して巻き戻せない時間。二度と会えない死者…。子であることの罪深さ・弱さが、この私の罪深さ・弱さとして重く胸にのしかかってくる。

 

 この「ディア・ライフ」を最後に筆を擱くことを宣言したというマンロー。できれば、その決意をひとまず白紙に戻し、マンローが書かなければいずれは消えてしまうことになるマンローと家族の肖像を、書き進め一冊に纏めてほしい。

 

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 以前、篠崎書林という出版社から、モンゴメリー関係の書籍が何冊も出版されていた。その中に「L.M.モンゴメリの島」という写真集があり、本を開くと、そこにはプリンスエドワード島の叙情的な風景が並んでいて、モンゴメリーの書簡から引用した言葉がキャプションのように添えられていた。アンの世界に魅せられた子供にとっては、自分をあこがれの空間へと誘ってくれる夢のような一冊だった。朝日や夕日に輝く入江、広い大地の真ん中を地平線の向こうまで走る一本の道、真っ赤な大地、麦畑、森の小道、輝く湖水などの写真をながめては、美しくないものが何一つ写っていないこんな土地でいつか暮らすことができたらなあなどと、今となっては無邪気すぎて赤面したくなるような思いに駆られたものだ。

 その篠崎書林も、今はもうなくなってしまった。

 

赤毛のアン」とか「銀の森のパット」といったお気に入りの本のどこかになぞらえた、浄化したシーンを自分で作り上げて--- (368ページ)

 

 マンローにとってのモンゴメリー。

 

ディア・ライフ (新潮クレスト・ブックス)       

 

    

 

 

 

アリス・マンロー 「ディア・ライフ」(前)

アリス・マンロー、「ディア・ライフ

 Alice Munro,  Dear Life

 新潮社、クレストブックス、2013年刊。 小竹由美子訳

 

 前回の更新から3か月あいてしまった。

 マンロー最後の短篇集として出版された「ディア・ライフ」。そのタイトル、 Dear life という響きから想像されたのは、人生の酸いも甘いも味わいつくし、達観の境地に至った著者が、これを最後と紡ぎ出す、枯れた味わいをもつ静かな人生賛歌だ。だが、最初の一篇「日本に届く」を読んで、そんな想像、ただの感傷に過ぎなかったかという思いが頭をよぎる。なにしろ目の前に突きつけられたのは、恋する女の胸のときめき、心の高鳴りと欲望なのだから。ザワザワと胸騒ぎのする幕開けだ。この短篇集、どうやら静謐な人生賛歌という枠組みに収まる気配はない。やるなあマンロー、そうこなくっちゃ。人間、枯れてしまっては、物語など紡ぐことなどできないのだ。

 

 その「日本に届く」。

 主人公のグレタは詩人で、技術者の夫との間に幼い娘がいる。平らかで寛容な夫との生活にそれほど不満などないはずの彼女だが、あるきっかけで知り合った男性と、文字通り、恋に落ちてしまう。男に会いたいがために大胆な行動に出るグレタ。熱くなる心を持て余し、ユーフォリアと不安の間を揺れ動くその姿に、読む側としては、誰かを好きになってしまったときの苦しくせつない気持ちを思い起こさせられてしまう。昂ぶる気持ちを抱えつつも、その落ち着かない気持ちをひとまず脇に置いておいて、日々の雑事を何くわぬ顔でこなすことのできる女の二面性。齢80を超えた著者が、中年と呼ぶまでにはまだ少し間がありそうな女のそうした生態を、こんなにみずみずしく、しかもサラッと描くことができるなんて。

 

 男との再会の地に向かう列車の中での出来事に、グレタの心は揺れる。良き妻でも良き母でもないことへの罪悪感が頭をもたげる。罪の意識を抱えたまま目的の地に着くと、そこに待っていたのは.....。ロマンチックな中にも不穏な空気をはらんだ絶妙のエンディング。ともすると熱に浮かれて飛んでいってしまいそうなグレタを、地に繋ぎとめる重石の役割を担うのは娘のケイティだが、冷めた目で大人を見るこの子供は幼き日の、そしてグレタは若き日の、マンローの分身か。

 家庭を持つ男と女の恋、列車、という要素に、ふと、ロバート・デニーロメリル・ストリープの「恋に落ちて」を思い出してしまった。ストーリーに共通点はないのだけれど。

 

  二篇目の「アムンゼン」にもまた恋する女(の子)が登場する。舞台は第二次大戦中のサナトリウム。教師として赴任したヴィヴィアン・ハイドと、年上の医師アリシア・フォックスの物語だ。フォックスは他人の気持ちなどほとんど意に介さない皮肉屋でエゴイストの男だが、初心で少々勝気なところのあるヴィヴィアンは彼に惹かれていく。フォックスに誘われるまま結ばれ、やがて婚約。ある日、結婚の準備のために、二人してハンツヴィルの街に車で向かうが、そこで...。

 

  誰かを好きになり、その気持ちがもはや報われることはないと知った時、自分を苦しめる現実をそのまま受け入れることは難しい。その恋で幸せにひたった時間があったなら、なおさらだ。あの人の笑顔も抱擁も、あの時二人でいた幸せも、すべては幻だったのだと思い知らされるから。それにうっかりすると、それは自分自身を否定することにもつながりかねないから。ならばいっそのこと、自分の気持ちを受け入れてはくれなかった相手の非情さをも、そのまま甘いオブラートで包んでしまおう。あの人を夢の中の存在へと昇華させてしまおう。

 

 わたしはと言えば、アムンゼンを離れたときと、まだぼうっとして信じがたい気持ちのまま列車に運ばれていったときと同じ思いを抱いていた。

 愛は変わらないものなのだ。

 

 ヴィヴィアンが「愛は変わらない」と言う時、その断固とした口ぶりに、読む側は痛々しさと哀れみを感じてしまう。だが、時が経つにつれてその哀れみは、共感とも愛おしさともいえるような気持ちに変わっていく。自分の心を守るためにファンタジーの世界を築き上げた記憶がよみがえるから。

 

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 何かを失う瞬間、あるいは、当然「ある」と思っていたものが実は存在していなかったことに気づく瞬間が、人生には、ままある。特に40を過ぎてから後は、失う瞬間ばかりが続くようになってくるのだ。この「ディア・ライフ」には、そんな「喪失の瞬間」というものが幾度となく描かれている。

 マンローの「喪失の瞬間」の描き方には特徴がある。抑えた抑揚と簡潔な描写。2、3の、時にはたった1つの文章が登場人物たちの置かれている状況を一変させてしまうといった具合に。「喪失」というカタルシスを伴う経験を、いかにさりげなく、仰々しくならずに描くかーーミニマムな描写でマキシマムな効果を生むポイントはどこなのか、それをマンローは常に探っているように思える。

 

 だから読む側としては寝首をかかれないように注意しながら、ソロソロと読み進めていくわけだが、それでも大抵、してやられてしまう。すべてが一見起こってしかるべきことのように描かれているのでそれを読み進めていくうちに、ある時、ん? と違和感を感じるタイミングが出現する。そこで戻って読み直すと、実はそこが喪失の瞬間だったりするわけだ。

 さりげないが「ここ、」という絶妙のタイミングでマンローが切り出す喪失。不意をつかれて事実を受け止めきれない登場人物たちの感じるショックを、読み手も共有することになる。それも、とてもリアルに。マンローの「喪失の瞬間」に遭遇して感じる驚きと痛みは、薄い紙が指先をサッとかすめ、違和感を感じて指先を見ると、紙が触れた部分がさっくり切れて血がにじんでいるのに気づいた瞬間の、あの驚きと痛みに限りなく近い。

   

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 「ディア・ライフ」の最後の4篇は、まとめて「フィナーレ」と称されている。その冒頭に添えられている但し書き--「気持ちとしては自伝的な作品だが、じつのところそうとは言い切れない部分もある。これらは自分自身の人生についてわたしが語るべき最初で最後のーーそしてもっとも事実に近いーーものである」--の通り、「フィナーレ」の4篇は、それ以前のフィクション連とは趣が異なっており、マンロー幼少時代のメモワールといった体で書かれている。フィクションではプロットに技巧をこらすマンローだが、この「フィナーレ」4篇では、プロットにとらわれず、比較的自由に書いているのが印象的だ。そして他でもない、この「フィナーレ」の部分こそが、個人的には一番の読みどころとなった。

 

 

ディア・ライフ (新潮クレスト・ブックス)

 

 




モーリス・ピアラ 「ヴァン・ゴッホ」

ピアラ 「ヴァン・ゴッホ

 Maurice Pialat,  Van Gogh 1991年/ 160分

 

 シアター・イメージフォーラムで開催されていた没後10年特集上映の中の一本。

 

 ゴッホがオーヴェルの駅に降り立つシーンで始まるこの作品は、37年で終わる彼の人生の最後の2ヶ月間、オーヴェル=シュル=オワーズでの日々を描いている。普通、ゴッホという名を聞いて思い浮かべるのは、「天才」「狂気の人」などの言葉に象徴されるような、人であって人ではないようなものの姿だ。その「狂気の人」というイメージを裏打ちするかのように、冒頭、ガシェ医師の家を訊ねたゴッホが、医師の質問に答えるかたちで発作・頭痛の具合を静かに語るシーンがあり、映画はその後、彼の「狂気」に焦点を当てていくのではないかという予感が一瞬、胸をかすめるが、その予感は快く裏切られ、物語はしばし穏やかに展開していく。

 

 セザンヌはじめ何人もの画家が絵を描くために訪れ、画家村とも呼ばれていたというオーヴェル。カメラは、村の静かな乾いた空気と19世紀末フランスの田舎村の風俗を映し出していく。村人たちに交じって、デッサンに出かけに坂道を下るゴッホ。その姿を照らす、日暮れ時とも思えるような陽の光。静寂の中に聞こえる羽虫の飛ぶ音、風が木々をゆらす音。未舗装の少しぬかるんだ道を歩く女たちがまとうドレスの泥にまみれた長い裾。あたり一面に広がる麦畑。野外でピアノやバイオリンの伴奏に合わせてダンスに興じる人々。激しくステップを踏む足元からもうもうと立ち上る土埃。ゆるやかに流れる川の岸辺でドレスを脱ぎ棄て、午後の光に裸体をさらして談笑する、パリからやって来た娼婦たち..。

 

 ピアラが捉えるゴッホは、「天才」あるいは「狂気」のオーラとは無縁の、ただの一人の人間だ。村人たちと言葉を交わし、しばしばガシェ医師宅を訪れ、絵を描き、飲み、時に笑い、女と抱き合う。2ヶ月をオーヴェルで過ごし、そこで死んだ、無骨で自分自身にのみ忠実な男。口を開けば周りの人間との軋轢を生んでしまう、人間的に不器用な面も含めて、どこにでもいそうな男。

 

 大きなキャンバスを背中にくくりつけ、広い麦畑を描きに出かける、あるいは、ガシェ医師の娘、マルグリットを描くゴッホ。ピアノを弾くマルグリットの姿勢を正しておいてから、その構図を崩してはならないと警告するかのようにピアノと娘に視線を留め、腰高の窓をまたいで庭に出て、セットしてあったキャンバスに大胆に筆を走らせるゴッホ。腕と身体を上下に動かしながら描くその姿、キャンバスに絵の具を重ね布でこする姿に、絵を描くことが時に肉体を酷使する作業にもなることをあらためて思わされる。

 

 肖像を描けと言ってつきまとう知恵遅れの青年をうるさく思いながら、それでも描いてやり、泣いている子供に「砂男」の絵を描いてやる、描く人、ゴッホ

 

 あるいは、週末、パリからやって来たテオ夫妻と共に、ガシェ医師邸の庭での昼餉を楽しむゴッホがいる。テオと一緒にロートレックの物真似をしては愉快そうに笑う。そしてマルグリットに、またパリの娼婦カティに好意を寄せられ、二人の間を行ったり来たりする。行ったり来たりとは言っても、優柔不断というのではない。向こうから近づいて来て与えんとする者から受け取ることはしても、自分からは進んで与えようとしないまでのことだ。そしてそんな男だからこそ、女たちは魅了されてしまう。それなりに人好きのする男でもある、ゴッホ

 

  だから、ガシェ医師が彼を「天才」と呼ぶ時、あるいは義姉のヨーが彼の人生を「破綻」と断ずる時、不意をつかれたような気がして動揺してしまう。

 

 天才? たしかに。10年間でおよそ1000もの油彩画を描き、一見して彼のものと分かる筆致で見る者に忘れがたい印象を残す画家を、天才と呼ばずになんと呼ぶのか。 

  破綻? たしかに。37歳にして、弟の金銭的援助を受けながら売れない絵を描き続ける男がいるなら、その人生はなるほど「破綻」しているとも言える。

 

 それでも、このスクリーンの中の男を「天才」「破綻」という極度のテンションを伴う言葉で括ろうとすれば、そこにかすかな違和感が生じてしまう。その違和感こそ、画家の名前に染みついたイメージを可能なかぎり削ぎ落としたところに人間ゴッホを映す、という姿勢に、ピアラが徹していることの証なのだと思う。

 

 終盤、テオとの関係が緊張を孕むにつれ、ゴッホの精神状態は不安定になる。僕は兄さんの絵が嫌いだ。ヨーにそう告白するテオ。たとえ兄さんがルノアールのように描いたとしても、その絵を好きにはならないだろう。兄さんが描いた絵であるがゆえに。

 

 テオが自分の絵を嫌っていることをゴッホは知っている。それに母親が自分の絵を捨てたことも。身近な人にさえ理解されないことの孤独。描いても描いても売れぬ絵。認められないことの苦悩(生前に売れた絵は、たったの一枚だけだったという)。

 

 腹部に銃弾を受けたゴッホが、背を丸め、ベッドに横たわる姿が、病で逝ったある人の末期の姿と重なる。静かに、だが確実に命の細っていく様子が、目に焼きつく。

 

 ピアラは画家の内奥の感情を過度に説明することはない。それだけに却って、作品を見終わった後も、画家その人にとりとめもなく思いを巡らしてしまう。

 

 「天才」「狂気」などという言葉は、それを使う側の人間のためにのみ存在する、物事を単純化するための記号に過ぎないのだと思う。人間の生の本質は、そうした記号には収斂され得ない幾多の要素にこそあらわれる。そんなことを強く意識させてくれる作品だ。ただ生きてあること。一人の人間の生が、何の言葉にも還元され得ないものとして呈示されるがゆえに一層強いリアルさを伴って、見る側の心を打つ。

 

 当初、ゴッホ役にはダニエル・オートゥイユが決まっていたという。もし演技功者のオートゥイユが演じていたら、まったく違う雰囲気の作品になっていただろう。デュトロン演じるゴッホのごつごつとした無骨さ、寄る辺なさは失われてしまったかもしれないなあ、と思う。

 

 1980~90年代、まだ映画のTV放映でノーカット・字幕版が珍しかった時代、「ミッドナイト・アートシアター」でピアラの「愛の記念に」を観た時の鮮烈な印象は今も忘れられない。まだ若かったサンドリーヌ・ボネールの、演技とは思えぬようなさま、ふてぶてしいとさえ言える貫禄がすごく魅力的だった。ピアラ演じる父親のエゴイストぶりと大きな意味での優しさに、役柄になのか、それとも役柄に透けてみえるピアラその人になのか、よく分からないまま、危険なものに吸い寄せられるかのように惹かれもした。

   「愛の記念に」のDVD化も期待します。

 

ヴァン・ゴッホ [DVD]

 

 

追記:パリのテオ宅での印象的なシーン。盥の上で身体を清めるヨー。その豊満な肢体と身体に水(湯?)をかけるポーズは、さながら一枚の絵のよう。泣き始めた赤ん坊をあやすかのように、口笛で鳥の鳴き声をまねながら、ゴッホが鳥の形の小物を「花咲くアーモンドの枝」に留めるシーンの静謐さ。

 

「フランク・オコナー短篇集」

フランク・オコナー短編集」

 Frank O'Connor 岩波文庫 阿部公彦訳

 

フランク・オコナー短篇集 (岩波文庫)

 

 名前が似ているので、どうもフラナリー・オコナーと混同してしまうことの多かったアイルランドの作家、フランク・オコナーの短篇集。カタカナで書くと「オコナー」はもちろんのこと、「フラ」まで同じなので、名前だけで区別しようとするのは、なかなか難しい。実際に作品を読み、「アイルランド+短篇=フランク」という図式が頭の中でなじんでようやく、間違えることがなくなった。ちなみに村上春樹フランク・オコナー国際短編賞を受賞したのは2006年のことだった。

 

  イェーツが「アイルランドのチェーホフ」と呼んだオコナー。前回のブログで書いたマンローは「現代のチェーホフ」と呼ばれるが、同じ「チェーホフ」でも、当然のことながら、読後の印象はぜんぜん違う。「小説のように」で描かれたマンローの世界を、引きのショットで見せる映画にたとえるとしたら、「短篇集」中のオコナーの世界には、観客との距離がごく近い、小劇場での演劇、といった趣きがある。ひと癖もふた癖もある人間臭さ全開の登場人物たちが、舞台上で繰り広げる喜劇や悲劇。それを間近で見せられているような気分になるのだ。

 

  オコナーが生まれたのは20世紀初頭の1903年。訳者の阿部公彦さんの解説によると、ある時期IRAに関わっていて、当局に身柄を拘束されたこともあったという。 この短篇集では「国賓」と「ジャンボの妻」の二篇が独立闘争を背景にして描かれている。IRAと聞いてまず頭に浮かんでくるのは「キャル」や「クライング・ゲーム」といった映画なので、それ(IRA)がオコナーの時代にすでに存在していたということが、まずなによりの驚きだった。

 

 その「クライング・ゲーム」(ニール・ジョーダン監督)、実はオコナーの「国賓」をモチーフにしているのだという(wikipedia英語版より)。私の記憶にあるのは、惹かれていた「女性」の正体(実は男だった!)を知った主人公ファーガス役のスティーブン・レイが驚愕するシーンばかりで、肝心のストーリーはほとんど抜け落ちていたのだが、映画のあらすじを読むと確かに、捕虜と見張りの間の「友情」の話になっていて、「国賓」を下敷きにしているというのは、間違いないのだろう。

 

 オコナーの「国賓」に描かれているものを「友情」とまで言ってよいのかは分からない。でも少なくとも、同じ空間で共に時を過ごした者同士の仲間意識、のようなものとは言えて、読んでいて、その「仲間」同士のやりとりに心が少し和まされるところがあっただけに、非情な結末には何とも言えないやり切れなさを感じた。

 

 さておき「フランク・オコナー短篇集」。この短篇集を読んでいると、当時のアイルランド、それも都会ではない町や村で、人と人とがどのように関わりあいながら生きていたのかが見えてくる。物語の舞台はたいてい、誰もが誰のことをも知っているような、小さな共同体だ。各家の扉の内側で起きたことも、いつの間にか周りの住人たちに筒抜けになっているし、ひとたび人としての道に外れた行いなどしようものなら、つまはじきに合うこと間違いなし。人を裁くのは司法ではなく土地の住人たちだ。暮らしていれば少なからず息苦しさを感じてしまうに違いない。でも、そんな土地だからこその、密な人間関係が、そこにはある。

 

  どの作品も会話が生きているなあと思う。会話の中から登場人物たちの姿がくっきりと立ち上がってくる。人はどんな時に何を言うものなのか。人の心のあやをよく知る者にこそ書けるような会話がちりばめられている。他愛のない会話にしたところで、オコナーの手にかかると、会話というものはそもそも、その内容もさることながら、言葉のやりとり自体に意味があるではないか、という気にさえさせられる。オコナーの時代には、というより、オコナーその人に、「話す」ことに対しての無条件の信頼があったのだろう。

 

 どの作品もそれぞれに味わい深く、読むたびに新たな発見があって(前回読んだ時にはうまく掴めていなかったのだ、と気付くこともある)、何度読んでも楽しめる。頭をガツンとやられるような衝撃と、目の奥で何かがにじんでいくような切なさに襲われるのが、上述の「国賓」だ。無口なイギリス人捕虜ベルチャーは、死を覚悟した時、自らの身の上について語り出す。覚悟したように自らハンカチで目隠しをした彼は、これから行うことは「任務」なんだと強調する「仲間」に対してこんな言葉を投げる。

 

「俺には任務っていうのは何なのかわからない」ベルチャーは言った。

「お前らみんないい奴だよ。そのことを確認したいならな。恨みはない」

                       (60ページ)

 

 自分に銃を向ける人間に対して「恨みはない」と言えるだろうか、「いい奴だよ」と言われてなお「任務」の遂行ができるだろうかと、わが身に置きかえて考えずにはいられなくなるセリフだ。人間性のかけらもない「任務」が生まれ、それが遂行されてしまう武力闘争の虚しさ、愚かしさ。

 

  昔話を思わせるタイトルがほのかな笑みを誘う「あるところに寂しげな家がありまして」(There is a Lone House)。ある事情から村の住民たちと交わることなく暮らしている女の元に、風来坊然とした男がやって来た。いつしか一緒に暮らすようになる二人。やがて男は女の過去を知る。

 二人きりの閉ざされた空間でのやりとりに、男と女の微妙な心の揺れと、刻々と変化する力関係が映し出されるスリル。二人の間で見えない空気が押しつ押されつしている。シュールにしてリアル、不思議な魅力をもつ一篇。

 

 「ルーシー家の人々」。あることがきっかけで、ルーシー家の兄弟トムとベンの間に諍いが始まる。二人の間で板挟みにあうのはベンの息子チャーリーだ。病に倒れ死の床にある父ベンにせがまれ、和解を求めにトムの元に出向いたチャーリー。でも、トムはかたくなに態度を変えようとはしない...。

 ベンとトム、そしてチャーリー。三者の言い分がそれぞれに「なるほどなあ」と納得でき、誰にも感情移入できるだけに、こじれた人間関係の、そのどうにもならなさが身に沁みる。現実の世界に満ち満ちている、一族の間のいがみ合いの、縮図のような作品。

 

 「汽車の中で」 。何もない村からある目的のために町に出てきた警官たち、農民たち。村へと戻るため彼らが乗り込んだ汽車に、発車直前、一人の女が飛び乗った。車中で興じられるおしゃべりによって、彼らが町に出た理由と女の身の上が徐々に明らかにされていく。農民たちの一行に混じって老人が一人。永く生き、多くを見てきた人間に言わせてこそ、重みを持つ言葉がある。

 

「たしかに金かもしれん。金欲しさで、人を殺すことだってあるわな。土地欲しさで、人を殺すことだってある。だけどこれは何だ? 何かが変わりつつあるんじゃ。世の中が豊かになって、人は欲張りになってしまった。子供の頃、田舎じゃ、獲物を捕まえると六等分したもんじゃ。六分の一を自分でとって、あとはご近所さんにやった。魚を捕ったときもそうだ。人間は昔からずっとそうしてきたんじゃ。だが、この変わりようはどうしたことじゃ! 昔みたいに貧しくもないし、善良でもないし、人に分け与える気持ちもなければ、強い心もないときてる」   (301ページ)

 

 およそ80年も前に書かれた作品に、すでにこんなセリフが書かれているなんて。もしこの老人が今の世にいたら、いったい何を思うだろうか。

 汽車という閉ざされた空間で交わされる会話、会話。一幕物の戯曲に仕立て直して、舞台で見ても楽しいだろうなと思える一篇だ。