フユの備忘録

読んだ本の感想などを書いています

ブロムシュテット&サンフランシスコ交響楽団 マーラー 交響曲第2番

マーラー:交響曲第2番「復活」

 

 いろいろな音源を聴いていると、なぜだかつい「これだ!」と声をあげてしまいたくなるほど心にグッと迫ってくる演奏に出会うことが、まれにだが、ある。眠りの神に見放された夜など、入眠には逆効果だと知りつつもYouTubeを徘徊してしまうことがあるのだが、ある晩、マーラー交響曲第2番を指揮者を変えながらあれこれつまみ聴きしていたところ、思いもかけぬところからそんな稀少な出会いが転がりこんできた。ブロムシュテット&サンフランシスコ交響楽団によるマーラー交響曲第2番だ。

 ブロムシュテットは、前の記事で触れた『マーラーを語る』に登場している。ほかの指揮者たちがこぞってマーラー讃歌を唱いあげるなか、ひとりブルックナーの革新性を(も)熱く語ってしまうところに率直な人間性がよくあらわれていて、それがとても印象的だった。実のところ、本を読んだ時点では、彼の指揮による演奏を聴いたことは、ほぼ無かったと言ってよい。自分の好んで聴く楽曲にはひどく偏りがあり、彼のレパートリーが自分の守備範囲とほとんど合致しないからだ。

 謹厳実直という言葉がぴったり当てはまるような風貌のブロムシュテット。まさかこんな情熱的な音を導き出すような指揮者だとは思ってもみなかった。弦のトレモロをバックに低音弦が音階を駆けあがる冒頭の主題で、微妙な緩急が生みだす緊迫感あふれるリズムに、いきなり心を鷲づかみにされてしまう。聴いていくうちに思わず居ずまいを正したくなってしまうような、品位のある、どこか古風な香り漂う演奏は、どの瞬間をとってみても、広い広いアメリカの大地いっぱいにはびこる草の香りを感じさせる瑞々しさと、そして敬虔さとに満ちている。その演奏の遥かむこうでは絶えずアメリカ合衆国国家が静かに流れていて、折にふれてそれがかすかに聴こえてくるような、そんな錯覚におちいってしまうことのしばしばある、陽の要素を湛えたマーラーだ。まるで異界への扉が開け放たれる瞬間を高らかに告げるかのような、第一楽章でのタムタムの不気味な響きが耳から離れない。

 

 

 

バルビローリ、アバドのマーラー交響曲第6番

 

Mahler: Symphonies Nos. 1, 5, 6, 9 – Lieder          Abbado Conducts Mahler Symphonies 1-7 [Blu-ray] 

 

 なにがきっかけとなったのかは思い出せないが、最近よくマーラーを聴いている。おしなべて交響曲というものにほとんど関心がなかった人間に、その面白さを教えてくれたのがマーラーだった。とはいえ、出会った瞬間に文句なく惹かれたというわけではまったくない。最初に聴いたのは第3番。冒頭、ホルンの音が鳴り響くと、目の前に広大な宇宙の海への扉が開かれ、重力のない薄暗い空間へと吸い込まれていくような感覚におそわれた。明暗のモチーフが少しずつかたちを変えながら繰り返されていく第一楽章は、物々しい雰囲気がしばらく続いたあと不意にさわやかなフレーズがあらわれ、すぐにまた何事もなかったように物々しい雰囲気に戻っていくが、突如どんちゃん騒ぎのようなフレーズが挿入された時には、そのクラシックらしからぬガチャガチャとした旋律が悪趣味なジョークにしか聴こえず、おもわず声をあげて笑ってしまったものだ。さらに曲がすすんでいくと、やがて独唱が始まり、その後には合唱もやってきて、なんだかえらく長い曲だなと戸惑ってしまったが、それでも、多種多様な要素をこれでもかと言わんばかりに詰めこんだ、まさしく「なんでもあり」な感じが面白く、また、予定調和などクソくらえ!という感じのいびつさ、アンバランスさが新鮮でもあり、途中で眠くならずに最後まで聴き通すことのできた、はじめての、記念すべき、交響曲となったのだった。当時聴いていたのは、「マーラーといえばこの人」的な存在だったバーンスタインが指揮したCDで、3番からはじめて徐々にほかの作品にも手を伸ばしていき、なかでも、第5、6番の2枚は繰り返し聴いていた時期があった。

 久しぶりに聴いてみたバーンスタイン盤は、当時と変わらず、熱く、渾身の演奏だった。でも、曲によっては、今の自分の耳にはtoo muchに感じられて、いまひとつしっくりこないものもあった。別の指揮者による演奏もいろいろと聴いてみようと思い、CDを買う参考にとYou Tubeをのぞいてみると、マーラーを振る指揮者は実にたくさんいて、それぞれに熱狂的なファンがいることがよくわかる。だれにしようかと迷ったあげく、まずは、6番を一聴してガツンと衝撃を受けたバルビローリのCD(第1、5、6、9番と歌曲を収めたお得な5枚組)と、なつかしいアバドルツェルンを指揮するBlu-ray(第1〜7番、中古)を買ってみることにした。

 バルビローリの6番は、他の指揮者による演奏に比べて出だしのテンポがかなりスローだ。その遅さは、ん? と少しびっくりしてしまうほどなのだが、第一楽章をしばらく聴いているうちにそれが気にならなくなる。というよりもむしろ、どういうわけか、これでなくては、と納得さえしてしまうようになるから不思議だ。なんとなくストコフスキーとグールドのコンビによるベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番が思い起こされてしまうのは、イレギュラーと言えるテンポであるにもかかわらず王道感の漂う演奏になっているという点が共通しているからだろうか。

 高くあげたひざを地面に打ちつけ、大きな足音をさせて周りを威圧しながら進む兵隊たちの姿が目に浮かぶような、ずっしり響く冒頭のマーチのリズム。地にしっかり足がついている、とでも形容したいようなバルビローリの演奏では、マーラーの音楽の特徴といわれる分裂症的な色合いはあまり前面にでてこない。第一楽章のスローで雄大なテンポを反映して、当然、あとの楽章もゆったりとしたテンポで進んでいく。バルビローリは第二楽章にアンダンテ、第三楽章にスケルツォをもってきているが、アンダンテはともかくスケルツォに関していえば、個人的には、もう少しスピード感のあるシャープな演奏だったらなという気がしなくもない。とはいえ、真正面から曲に向き合い、一音たりともないがしろにするものかという気迫にみちた演奏は迫力満点で、作品にたいする大いなる敬意を感じさせられもして、聴いているうちに胸が熱くなってしまう。イギリスにはじめてマーラーを持ちこんだというバルビローリ。先駆の存在としての自負も間違いなくあっただろう。スタイリッシュとか洗練などという言葉で表現されるものの対極にある、実直な、野趣に富む演奏になっているのがとても印象的だ

 そんなバルビローリの演奏とまったく趣を異にしているのが、アバドルツェルンの演奏だ。バルビローリの演奏をごついブルドーザーにたとえるとしたら、アバドのほうは軽快なハイブリッドセダンといったところ。思わせぶりなタメや引き延ばしとは無縁の、すっきりとした軽やかな演奏で、演者の側の余分な情感を交えずに歌わせる、いつものアバドがいる。重力から解放されたマーラーがある。

 この第6番の演奏がおこなわれたのは2006年とのことだが、登場したアバドが、記憶のなかの姿と比べて一回りどころか二回りも三回りも小さくなっていることに衝撃を受けた。自分にとってのデフォルトのアバドの姿は、これまで幾度見返したかわからないくらいDVDを見返して目に焼きついている、ポリーニと共演したブラームスピアノ協奏曲第2番(1976年、ウイーン・フィル)の頃の、若く、すこしふっくらした顔立ちのもの、または、ペライアと共演したあのとびきり美しいシューマンのピアノ協奏曲(1994年、ベルリン・フィル)の、ジャケットをかざる写真。おそらくそれらと比較すること自体、間違っているのだと思う。でも、癌で胃を全摘した後、痛々しいほど痩せてしまった姿を目の当たりにしてしまうと、少し感傷的な気分になる。

 

ブラームス:ピアノ協奏曲 第2番(SHM-CD)   シューマン:ピアノ協奏曲/他

 

 肝心の演奏はといえば、弱々しくなってしまった外見からは予見しがたいフレッシュさに満ちている。ポップな香りさえ漂っている。バルビローリにくらべると、だいぶアップテンポに思えるけれど、このくらいが普通なのだろう。スケルツォはこのテンポで演奏したほうが、やはりしっくりくる。

 七夕的な性格をもつ祝祭オケにアンサンブルの精緻の極みをもとめるのは野暮というもの。腕利きの奏者たちが一人の指揮者のために集まり、精魂込めて楽器を鳴らすさまはそれだけで感動的だ。身体を大きく揺らしながら演奏する奏者たちの姿は、大海に出で波に揺れる一艘の船を思わせる。最初の一音が奏でられた瞬間から始まる航海は、ときに穏やかな、ときに荒々しい音の波にもまれながら、最後の一音にたどり着くまで続いていく。運命共同体たるオーケストラ。

 この6番でルツェルンとのマーラーも4曲目ということで、初回2003年の3番に見られた尋常ならざる緊張感は影をひそめ、幾分こころ安さを増した空気がその場を覆っている。細くなってしまった身体を目一杯に泳がせて奏者を導いていくアバド。その顔に、曲中・楽章間に浮かぶ笑みが、みずから選んだ奏者たちと共に、みずから理想とする音楽を奏でる挑戦を続けられていることへの喜びを語っているように見えて、そのことに少し安堵する。

 

 ーーマーラーに聞いておきたかったことは?

 CA: (しばらく考えて)マーラーが語ること、それなら是が非でも聞きたかった。

    『マーラーを語る:名指揮者29人へのインタビュー』

     ヴォルフガング・シャウフラー編/天崎浩二訳 音楽之友社2016年刊

 

 ほとんど禅問答のような、『マーラーを語る』の中のアバドの受け答え。短いインタビューの随所にあらわれる指揮者としての矜持をしめす発言に、長年の指揮者人生で培われた、あるいは指揮者人生を支えた、心の強さを知る。

 

 マーラーを語る: 名指揮者29人へのインタビュー

備忘録

 

何があってもおかしくない

 

 一昨年12月から数か月の間、「不幸中の幸い」としか言いようのない出来事が立て続けに起きた。それぞれの出来事の最中にはもちろん、それが不幸なのか幸いなのかを考える余裕などなく、とにもかくにも刻々と変化する状況に対応していくだけで精一杯なわけだったけれど、ひとつ波乱が去ってしばらくの後に、それが「不幸中の幸い」だったのだと気づかされるたびに、その「不幸中の幸い」のうちの「不幸中の」がなくて、ただの「幸い」であったならどんなによかっただろうか、と思ったものだ。

 いや、でも、もしその「不幸中の」がなければおそらく「幸い」を感じることもなかったろうから、そのかぎりでは「不幸中の幸い」というのも悪いばかりではないのかもしれないーーそう捉え直して萎える気持ちを奮い立たせようとしたもこともあった。でも、悪いばかりではないのかもなどと考えてしまうのはきっと、究極/最悪の事態を免れたことからくる思い上がりに過ぎなくて、つまるところ、自分自身に詭弁を弄して悦に入りたかっただけなのだろう。

 「禍福は糾える縄の如し」 

 人生の荒波に翻弄され数々の災難に見舞われながらもたくましく人生を切り拓いていくヒロインが、波乱に満ちたその生涯をいよいよ終えようかという間際になって、ある種の達観をもって口にしそうないささか大仰なそのフレーズが、たしかな実感をともないつつ自分自身の人生と交差する日々がやってこようとは、「不幸中の幸い」の嵐に襲われることになる前にはなかなか想像できなかった。

 たとえフィクションといえども、読めば少なからず登場人物たちの人生を背負うことになるので、心にゆとりのないときには、物語のたぐいはまったく読むことができない。実生活が波乱万丈の展開になっていれば、フィクションを読むことによってもたらされるほんのわずかな心の揺れ動きにも耐えられないものだし、そもそも、フィクションに頼ってまで精神的な刺激を得ようなどとはこれっぽっちも考えないものだ。ひとたび自身が混乱きわまる状況に陥ってしまうと、たとえどんな紆余曲折があろうとも数百ページの先にはたしかな終着点が用意されている物語の世界が羨ましく思えて嫉妬してしまうし、また嫉妬するのでなければ、綿密に築きあげられたプロットーー平時ならそれこそが賞賛の対象となるべきところのーーに収斂される、人の世の混沌を描くにあたっての抽象化・整然化が、なんとなく浅はかに感じられて鼻白んでしまったりする。

 そんなこんなでモノが読めなくなって、積ん読状態になっている本がジリジリと増えていくと、すでに持っているのを忘れて同じ本をまた買ってしまうというはめに何度か陥ることになる。エリザベス・ストラウトの『何があってもおかしくない』はそんな本のひとつだけれど、それを読んでみようかという気持ちにようやくなれたのは、身辺が若干落ち着きを取り戻しつつあるように感じられた昨年夏のころだった。

 『何があっても』に出てくる登場人物はみな、『私の名前はルーシー・バートン』の主人公であるルーシーの故郷アムギャッシュ、あるいはその近郊に住んでいた過去があり、バートン一家となんらかの接点をもっている人々だ。『ルーシー・バートン』でルーシーとその母の昔語りにちらっと顔をのぞかせただけの脇役たちが、この『何があっても』ではメインのキャラクターとなって物語を動かしていく。

 『ルーシー・バートン』を読んでなんとなく知った気になっていたあの人やこの人の、実際の人生にはどのようなドラマが隠されていたのかが、九つの章で詳らかにされる。ある章では噂話のネタとして登場するだけの人物が、別の章ではメインのキャラクターとして描かれたりもして、ひとりの人間を内側・外側の両面からとらえるその手法は、少しだけロレンス・ダレルの『アレクサンドリア四重奏』を思い起こさせる。とはいえ、ダレルの作品がもつスケールの壮大さーーそれは舞台であるアレクサンドリアという土地の朦朧たる魅力に拠っているところ大なのだろうけれどーーはここにはなく、あるのは、もっと卑近で、そしてどこか見覚えのある風景だ。それでもどちらの作品にも共通して言えるのは、普段は読み手の心の奥底に眠っているある疑問を目覚めさせるということだ。その疑問とは、つまり、人の真の姿はどこにあるのか、そもそも真の姿などあるのだろうか、というあの疑問だ。

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 ……と、『何があってもおかしくない』のことを書き始めたちょうどそのころ、少し落ち着いたかに思われた暮らしに、新たな波が到来した。そしてそれは住まいを変えるという激震をもたらす大波となった。転居することが決まってからしばらくの間は、それまで住んでいた家の、唯一の、しかし何にも代えがたい魅力である眺望を手放さなければならないことがとても悲しくてーー左手に遠く小高い山、右手に水平線をのぞむ高台にあって、窓から見下ろせる山と海にはさまれたエリアの景色が、夕暮れ時になって、徐々に薄い紅色にそまっていく様子の美しさは格別だったーー先々感じるであろう深い喪失感を心の中でシミュレーションしてはさらに憂鬱な気分になったりもしたが、そうした個人的な感傷にはまったくお構いなしに、日々は淡々と過ぎていった。転居することを決めたことをどこか後悔する気持ちも手伝っていたのか、荷造りは遅々として進まず、結局、引っ越し当日、作業員の人たちが来る直前まで必死に段ボールにモノを詰め続けることになってしまったのだが、そこで身に染みて分かったのは、小学生のころ、夏休みの宿題を9月1日の朝、登校する時間ギリギリまでやっていた自分から、まったく、1ミリも、成長していないということだった。

 その後、とにもかくにも、段ボールの山に囲まれながら、新たな住まいでの暮らしが始まった。新しい生活に慣れようと奮闘する毎日は、あれほど執着していた以前の家の窓外の眺めを思って感傷に浸る余裕をなかなか与えてはくれない。ふとした折りに、思い出して、スマホに撮りためておいた写真を見てみることがある。でもそこに写っているのは、一見、懐かしいあの景色のように見えて、違うものだ。あの景色を特別なものにしていた、場の空気が、そこにはない。わかっていたことではあるが、写真を撮りためておくことにあまり意味はなかった。愛着があるというよりむしろ知らない場所のように映る写真の中の景色は、私の気持ちを悲しくさせると同時に、落ち着かせもする。もはやこの頭の中にしか存在しないあの景色は、自分以外の誰のものにもならない。

 

グレン・グールド ブラームス 間奏曲集

 ブラームス:間奏曲集

 Glenn GouldBrahms: 10 Intermezzi for piano

 

 グールドのアルバムの中で特に好きなもののひとつに、ブラームスの『間奏曲集』がある。今でこそ、幾人ものピアニストがブラームスのピアノ小品を集めたアルバムを出しているけれど、自分がこれを買ったころには、その手のものはあまりなかったように思う。グールドとブラームス。ちょっと意外な、でもブラームス好きの自分にとってはまたとない組み合わせに思えたアルバムをお店で見かけ、驚きつつも嬉しくなって即買いしたのだった。そして、聴いてたちまち虜になった。

 

 全部で10の間奏曲を、まるで自分ひとりだけのために弾いてくれているような、あるいはグールド自身、みずからの心の慰みのためだけに弾いているかのように感じてしまうほど、親密で繊細な息遣いが聴こえてくる演奏だ。ほかのだれとも分かち合えない自分の心の中のもっとも柔らかな核が、次々と生まれては消えてゆく音のつぶてに刺激され、共鳴し、ふるえる。ベートーヴェンを聴いていてもめったに感じることのない郷愁やメランコリー。ブラームスの音楽はその郷愁やメランコリーに多分に支配されていて、間奏曲にももちろんその趣きがあるけれど、グールドの演奏で聴くと、若々しさ・瑞々しさがきわだっていて、メランコリーにつきもののウエットさがまったく感じられない。このアルバムが優しさと甘さに満ちているのに決して胃もたれしない感じなのは、そのせいなのだろうか。あるいは小品でも骨太感のあるブラームスの作品だからなのだろうか。同じグールドのブラームスでも、晩年に録音したバラード/ラプソディが陰鬱な響きを勝らせているのとは対照的に、どこまでもさわやかに、追憶にふけり郷愁をしのばせる体の演奏になっている。

 

 ブラームスの器楽曲を聴いていると自然とまぶたにうかんでくるイメージがある。それは樹々に囲まれた鄙びた邸宅の、古いけれど隅々まで手入れの行き届いた一室ーーカーテン越しに午後の薄い光が柔らかに差し込んでいるーーといった景色なのだけれど、グールドの『間奏曲集』は、そんな部屋で奏者ひとり聴き手ひとりの密やかな演奏会に身をおいているような気持ちにさせてくれる。響きすぎない音、薄い膜一枚を隔てて聴くような、どこかくぐもった音がまた、よい。

 

GG: ブラームスの間奏曲のこれまでで最もセクシーな演奏です。

BA: 「最もセクシーな」とはどういう意味ですか?

GG: 即興的な雰囲気が出ていると思うのです。これまでのブラームスの録音にはなかったものではないでしょうか。これはまるでーー私の意見ではなく、友人の指摘ですがーー私は本当は自分のために弾いているのだけれど、ドアが開け放しになっている。そういう演奏なのです。忌み嫌う人もたくさん出てくるでしょうけれど、しかしーー

                    グレン・グールド発言集』 p. 203  

                 

  グールド自身がこのアルバムについて述べた言葉のなかに「即興的」という表現をみつけたとき、なんだか虚をつかれた感じがした。というのも、この演奏が「即興的」だと感じたことは一度もなかったからだ。「即興的」どころか、むしろ、目指す音の世界を具現化するために、タッチが完璧にコントロールされていて、よくよく練りあげられた演奏だなあと思っていたくらい。「即興的」というのであれば、このアルバムではなくて、いくつかあるベートーヴェンのピアノ・ソナタのほうではないだろうか、とも思った。

 

 でも「即興的」という言葉を意識しながら聴いてみると、なるほどという感じもする。リズミカルに機械のような正確さでテンポを刻みつつノンレガートで弾ききるバッハの演奏とは対照的に、アゴーギグもデュナーミクも採りいれながら、一瞬一瞬、湧きあがる感情にまかせて弾いているようには聴こえて、即興という表現は、多分、その点を指して言っているのだろう。

 

 それでもやはり、その「即興」のように一見うつるものは、実際のところは周到に用意された、演出された即興とでも言うべきものなのではないかと思えてならないのだが...(「即興「的な雰囲気」」という表現にも、それはあらわれているような)

 

 非難されるであろうことを承知で、なかば確信犯的に、楽譜上の指示をあえて無視しても自身の頭のなかで鳴っているであろう音を具現化していくのがグールドのやり方だ。その姿勢はこのブラームスでも変わらない。リピート記号やスタッカート記号をあっさり無視したり、多くの演奏家が採用するのよりもずいぶんと速いテンポで演奏したり。でもそんな、楽譜に対するちょっとした謀反が曲自体の魅力を損なってしまうことは、ない。損なうどころかむしろ、魅力を何倍にも増して聴かせてくれる(ときに、別のアルバムで、これはやりすぎなのではないだろうか、と笑ってしまうようなケースもあるけれど)。リピート記号を無視することで冗長さが消え、前半の盛り上がりとその後の静謐さとの対比が鮮明になり、一気に燃え上がりそして鎮静する炎を想起させるop118-1、速いテンポが左右それぞれの手のリズムの複雑さを際立たせて音楽に立体感がうまれ、ジャズっぽい雰囲気を醸し出すop76-6、スタッカート記号を思いきり無視してしっとりと歌いあげる様が情感あふれて素敵なop118-6。

 

 作曲家になりたかったグールドだ。過去の偉大な作曲家は目指すべきライバルで、作品を分析するにあたっては、自分ならここはこうする、とか、こうあるべきだ、という姿勢で向かわずにはいられなかったのかもしれない。彼がピアノを弾くのは、楽譜にあらわれる音の世界を、今一番望ましい(と彼が信じる)かたちで呈示するためだ。それを可能にするのに十分な技術をもって、いとも軽やかに。低声部と内声部にも光をあて、複数の旋律を重ねて、ごく目の細かな音の織物を紡ぎあげていく。このアルバムにかぎらず、グールドの演奏を聴いているとワクワクしてしまうのは、おそらく、曲の顔がよく見えるからなのだと思う。たんに楽譜上の音符が丹念に繋がれているというのではなく、曲にーー彼の声によるのではないーー歌が、息吹きが感じられて、楽譜に並べられた音符のむこうに存在する小宇宙を感じさせてくれるからなのだと。ヨーロッパでもアメリカでもない、カナダという地で、自主性を重んじる(しかなかった)師ゲレーロの教育方針も手伝って、伝統にとらわれない楽曲解釈を育みつづけ、ほかの誰ともちがう新鮮な音の世界を見せてくれるイノベーター、グールド。今年、没後40年を迎える。

グレン・グールド ベートーヴェン ピアノ協奏曲第4番

 

ベートーヴェン:P協奏曲第4番

 

  閉所恐怖がある身にとっては、コンサートのたぐいはどうにも敷居がたかく、音楽を楽しもうとすればもっぱら、ラジオかCD、DVD(またはTV)を聴く/見るということになる。好きな演奏家が現役で活躍していて、その音色をじかに聴けるチャンスが訪れたとしても、たくさんの人に囲まれてホールという空間に閉じ込められる恐怖を想像してしまうと、選択肢は「行かない」以外ありえなくなってしまうわけだが、チケットが即完売してしまえばともかく、入手可能な状態が続こうものなら、行ってみたい、でも行けない、という葛藤の日々を送ることになる。

 

 好きな演奏家が故人であれば、その演奏に触れるには録音にたよるほかないので、「行ってみたい、でも行けない」という葛藤に悩まされることはない。

 

 もし、コンサートは開かないと決めている演奏家がいるとしたら、それは言ってみれば、こちらの葛藤の原因をシャットアウトしてくれるのだから、ありがたい存在となるわけだ。たとえば「コンサート・ドロップアウト」で知られるグレン・グールドは、キャリアの途中から一切コンサート活動をしなくなったピアニストとして有名だが、自分がグールドを好きになったのには、そのことが少しは関係したかもしれない(親近感がわいたのだ)。でも、それだけが理由だったわけでは、もちろんない。はじめてグールドの演奏に触れたのはラジオを通じてだった。たまたま聴こえてきたバッハの曲の、ポロポロとこぼれ転がる真珠の珠を思わせるようなクリアで美しい音色と、ロマン派的叙情に侵食されていない、もったいぶった厳かさとは無縁の、グルーヴ感さえ感じさせる演奏に耳が吸いついてしまい、曲が終わって、番組の進行役が口にしたピア二ストの名前「グレン・グールド」をあわてて何かに書き留めたことを、かなりの年月がたった今もはっきりと覚えている。それまでは、バッハといえば、子供時代のピアノ・レッスンにまつわる灰色の思い出ーーバッハを弾くといつも、左手が弱いと先生に怒られたのだった(「左手、左手!」)ーーから、聴くにもついつい身構えてしまう存在だったのだけれど、そのときのグールドの演奏が、とっつきにくかったその大家との間にある垣根を取り払ってくれた。それは、過去の不幸な出会いから、ぎこちない付き合い方しかできていなかった作曲家についての、自分には見えていなかった魅力を、「ほら、これ」とわかりやすく示して見せてくれる、魔法のような演奏だった。

 

 そのグールドを、このところまたよく聴いている。一日の終わりに横になって聴くのは、不眠に悩む貴人のために書かれたという『ゴルトベルク変奏曲』と言いたいところだけれど、愛すべきあの81年盤は(55年盤より断然こちらだ)、いったん聴きはじめてしまうと展開の妙を追いかけるのに夢中になり、かえって目が冴えてしまうので、就寝前に聴くのに適した一枚とは、正直、言いがたい。今、入眠の助けになってくれることの多いのは、バーンスタイン率いるニューヨーク・フィルと共演したベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番。と言っても、この演奏にしたってリリシズムと官能性に満ち満ちていて、聴いていると胸が苦しくなることがあるから、就寝前の一枚とするのは本当は危険なのだけれど。

 

 いわゆる「ベートーヴェンらしさ」からは自由な地平で展開されるグールドのピアノは、『運命』のモチーフと言われる冒頭の和音4連打を微妙に崩して弾く瞬間から、静かにロマンチックが炸裂する。ゆるやかに緩急と強弱をつけ音色を変幻させながらの演奏はとてもエレガントで、聴いていると、大きな波にゆられて海面を漂っているような気分になってくる。まるで曲そのものが命を宿していて、柔らかくふくらんだかと思えば、緊張感をおびて引き締まったり、姿かたちを不断に変え息づく有機体であるかのようだ。キラキラと華やかにそして儚げに輝く高音と、その高音に寄り添いながら、また時には対峙するようにして存在を主張する中・低音。利き手の左手によって奏でられるその中・低音の豊かな響きが、重層的で広がりのある音の世界をつくりだしていく。鍵盤を叩きつけるようにして鳴らす耳障りな音はなく、どんなフォルテもフォルティッシモも柔らかくコーティングされていて、それが曲全体のエレガントな雰囲気にマッチしている。「こんな風に弾いてほしい」と曲自身が訴えているとおりの姿を、グールドが10本の指をもって、曲そのものになりきって、描いている感じがする。女王様のスキップみたいな、あまり走らない第3楽章も、慣れてみると、なかなか素敵。

 

 ピアノとオーケストラとが代わるがわる主題を奏でるなかで、何度聴いても心ゆさぶられてしまうのは、主導権がオーケストラに移る直前に、ピアノが奏でる最後の一音だ。その消え入るような音の美しさは格別で、その一音を味わいたいがために、せっかく訪れつつある眠りをも、いったん追い払うはめになる。つい息をひそめてしまうのは、繊細さの極みであるそのピアニッシモを前にすると、呼吸することさえ野蛮な行為に感じられてしまうから。

 

 鍵盤の上でポロポロと転がる音の粒をただ無心に追っていくうちに、気持ちが穏やかになっていく。この演奏を緩慢だと誹る人もいるだろうし、グールド本人もいつもの持論に従って演奏しているだけなのかもしれないけれど(それでも、やはりそれ以上の何かを感じてしまう)、自分にとっては、清らかさと色香にみちた、最高にgorgeousな第4番だ。

 

 あえて言うなら、グールドのピアノの繊細さにくらべると、オーケストラの音が粗野であるようにも朴訥であるようにも聴こえてしまう箇所があり、もう少し微に入った音のつくり方をしていたらなあ、と歯がゆく感じてしまう瞬間がある。そんな箇所にさしかかるたびに、もしこれが別の指揮者・オケとの共演だったらどうだっただろう、とつい想像してしまいもする。たとえば、第4番で自分が好きなもう一組の演奏、それはペライアチェリビダッケのものだけれど、もし、グールドがチェリビダッケと共演していたら、どんな風になっただろうかと。録音を認めなかった指揮者と、聴衆の前での演奏を嫌い録音に音楽の可能性を見たピアニスト。信条的に相対する二人がもし共演していたら、「ジョージ・セル事件」以上の何かが起きただろうか。そもそも共演の話が浮上する可能性などありえなかったか...。そんなことを考えながら、虚しくも、頭のなかで二人のエア共演による協奏曲第4番を繰りひろげてみるけれど、残念なことに、別々に録音された二つの演奏を上手く重ねて聴かせてくれるほど、この脳みそは精巧にはできていない。

 

 聴き手が自分の好みにしたがい、演奏者を自由に組みあわせて曲を聴いてみることができたらいいのに。

 

 『グールド発言集』(みすず書房刊)を読みかえしていたら、ヨーゼフ・クリップスとも第4番を共演しているらしいが(「ヨーゼフ・クリップスを讃えて」)その録音はないのだろうか? 後のストコフスキーアンチェルとの場合とは違い、拍子抜けするくらい正統派の(正統派ってなんだ?)演奏を聴かせてくれたクリップスとの第5番だったが、もし第4番も録音が存在するならば、ぜひ聴いてみたい(クリップスとのその第5番の目玉といえば、なんと言ってもティンパニーだ。ドン! ドン!という音ばかりが終始耳につき、もう、呆れるを通りこして笑ってしまった。マイクの位置が悪かったのだろうけど)

 

マリリン・ロビンソン 『ハウスキーピング』2

ハウスキーピング

 

 語り手をつとめるのは主人公のルースで、物語は全編、彼女の視点から語り進められていくのだが、はじめのうち、本当にルースが語っているのだろうかと疑問に思ってしまうような瞬間が何度か訪れる。たとえば、ルースの祖父は彼女が生まれるずっと以前に鉄道事故で命を落としているけれど、事故当時、脱線して湖に沈んだ車輌や乗客を探そうと、土地の若者たちが何度も湖深く潜っていく様子が描かれる場面などがそのひとつだ。その場面は、現場に居合わせてそこで起きたことのすべてをつぶさに見ていた者でなければ語れないような細部に満ちているし、水に潜る若者の、本人以外に知るよしもない心の内が描かれたりもしているので、ルースが語り手だと考えると、どこかつじつまが合わないように思えてしまう。また、物語がはじまって間もないころのルースはかなり幼くて、話が進展してもせいぜい20〜30代ほどにしかならないように読めるけれど、自意識に惑わされずに人間という存在を見すえるまなざしや、生死に対するどこか達観した構えを語りの向こうに感じ、その若さにそぐわぬ諦念を秘めた落ち着きに触れるたびに、読み手の脳内に混乱のさざなみがたってしまうのだ。そうなるともうページを遡って「わたしの名前はルース」という冒頭の一文を確認するしかなくなってしまうわけなのだが、さて、その冒頭の一文によって、語り手はたしかにルースなのだと自分に言い聞かせることができたとして、もとの場面に戻って先を読み進もうとページを繰っていくと今度は、なにやら不安が頭をもたげてくる。語り手としてのルースはいったい今どこにいて、どの時点から振り返って物語を語っているのだろうか。語り手としてのルースは、はたして生きているルースなのだろうか、と。

 

 物語を読むうえで、語り手の存在になんらかの戸惑いを感じることはそれほど珍しくもないことだけれど、それがこんなにも気になってしまうのは、なぜなのだろう。もしかしたら、それには、語り手ルースのそばで静かにたたずんでいる湖の存在が関係しているのかもしれない。湖がそこにあるせいで、ルースのまわりには常に死の影が漂っている。祖父だけでなく、のちに母ヘレンをも呑みこむことになる湖。それがルースを次の獲物として視界に捉え、隙あらばさらってやろうと息をひそめて機会をうかがっているように感じられるのだ。三代続けて湖に呑まれてしまうという尋常ならざる不幸が、なかば必然であるように思えてきてしまう。ルースはいかにして湖の一部となってしまうのか。あるいは、なってしまわないのか。もしその魔の手から逃れることができるのだとしたら、生きのびられるのだとしたら、そこにいたるまでの顛末は、いったいどのようなものになるのか。

 

 湖の底に落ちていくルースと、湖の誘惑を断ち切ってからくも生き続けるルースが、代わる代わる読み手の目の前に姿をあらわしては消えていく。そのどちらが幻でどちらが現なのかをはやく確かめたい気持ちがつのるあまり、ページをめくる手が急いてしまう。

 

 といっても、この『ハウスキーピング』は、巧みなストーリー展開で読み手を牽引するタイプの作品ではけっしてない。むしろストーリーからはずれた部分にたくさんの煌めきが見つかるような作品だ。他者の心のわからなさや孤独についてのいくつもの発見が長い時間をかけて著者の中に堆積されていき、それらの発見を説得力をもつような形でひとつひとつ繋げていった先にひとつのストーリーが浮かびあがったーーそれが『ハウスキーピング』という作品だーーといった趣きがある。作品をつらぬくメインロードとしてのストーリーはもちろんあるけれど、どちらかといえばそれは、点在する閃きに説得力を与えてより輝かせるための二次的な存在であり、読み手はときにメインロードから脇に一歩はいった小径へといざなわれる。その小径の先に見えるのは、頼りにできる他者がどこを見回してもいない環境ではぐくまれた孤独な若い魂ーー生よりも死に親和性を感じている魂ーーの漂泊、記憶と想像と内省の深い森であり、その森の磁場の強さに搦めとられた読み手は、自分が今どこにいるのかを見失ってしまう。

 

 

ジュンパ・ラヒリ 『わたしのいるところ』

わたしのいるところ (新潮クレスト・ブックス)

 

ジュンパ・ラヒリ 『わたしのいるところ』

 Jhumpa Lahiri, Dove me trovo

 中嶋浩郎訳 新潮社 クレスト・ブックス 2019年刊

 

 『べつの言葉で』に続き、ラヒリがイタリア語で書いた作品第二弾。長編小説とうたわれているけれど、こまかく46に分けられた章がそれぞれに小さくも完結した世界を築きあげているので、長編に向かうにあたっての気負いは読み手にいらない。読んでいると、もろいように見えてたやすくは砕けないごく透明な水晶の粒を、いくつも連ねて作りあげた繊細な首飾りが思い浮かんでくるような作品だ。

 

 主人公「わたし」は45歳を過ぎた独身女性。娘との同居を望んでいる母を尻目にひとり暮らしを続けている。大学で教え、学会に出席する研究者だが、教える仕事に心を捧げてはいない。同僚たちとはそりが合わないし、職場で過ごす時間を苦痛に感じてもいる。

 

 かつて恋仲にあった優しく美しい男は、いまでは友だちの夫だ。だれにも祝福されない不実な関係を妄想してみることもあるけれど、誠実で家族思いの彼とのあいだに間違いは起こりそうもない。

 

 五年間つきあって一緒に暮らしもした男とは、二股をかけられていたことがわかり、別れた。まだ同じ町に住んでいるその男を通りで見かけることがある。「馬鹿げた夢を追う野心家で、子供っぽい哀れな中年男」だと、今は未練なく切り捨てる。

 

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 バール、レストラン、病院 、美術館にプール ... 。子どものころから住みなれ、今ではその息遣いを感じるまでに馴染んだ町のさまざまな場所で「わたし」は日々を過ごしている。わずかな衝撃があればたちまちくずおれてしまいそうな少女のころの繊細さは失ってしまったとはいえ、それでも、ただ逞しいだけだとも言えない年ごろにいる「わたし」は、行く先々で目の当たりにする出来事のひとつひとつに心を揺らす。一見穏やかなようでいてその実、ひそかな緊張感と葛藤にみちてもいるその日常を、ひとり身の女の生態観察という趣をもってラヒリは描き出していく。

 

 ひとりでいる時にはもちろんのこと、だれかと一緒の時であっても、「わたし」の心を占めるのは常に、ひとり、という意識だ。他者と濃密な関係を築くには、勝りがちな自意識が壁となり一歩踏み込むことができないし、よほどのことがなければむしろ踏み込まなくてよいとさえ思っているようである。「わたし」自身、そんな性格ができあがってしまったのには両親の存在が大きいと思っている。娘の気持ちを理解しようともせずたびたび癇癪をおこした母、妻と娘の間の不協和音にわれ関せずを決めこみ、唯一の楽しみである劇場通いにいそしんだ亡き父。その二人から学んだことがあるとすればそれは、他者に依存せず、なにものからも一定の距離をとるという身の置き方だった。

 

 父、母と気持ちを通わせることがかなわかった過去を抱え--それでも母との間の距離を縮めようと努力はしている--とくべつ仕事に邁進することもなく家庭を築くこともなくきた「わたし」の毎日は、なにかに束縛されることのわずらわしさからは比較的解放されている。週に二度のプールや、月に二度のネイルサロンで気分転換をしたりーーもっとも、気分転換のつもりで行って、心乱れて帰ることもありはするがーー、人影まばらなお気に入りの美術館で太古の人の暮らしに思いをはせたり、バスの運転手とたわいない言葉のやりとりをしたり、他者のものに囲まれ他者のぬくもりをかすかに感じながらひとりの時を過ごしたり。そんな心なごむ時間はすべて、言うなれば、他者の存在を感じながらも決して深入りしなくてすむ関係のうえに成り立っている。

 

 みずから他者と距離をおくようにして生きてきたそんな「わたし」は、ある日、件の元カレ一家の留守をあずかることになる。そこでひとつの家族の歴史ーーそれはつまり家族としての時間の堆積だーーを如実に物語る数々のものを目にし、「家族がいかに巧妙な有機体であり、他人を寄せ付けない集合体であるかを一瞬のうちに理解」させられてしまう。それは、心の底に常によどみ続けてきた、ここはわたしの場所ではない、という感覚が残酷なまでにくっきりと立ちあがる瞬間だ。

 

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孤独であることがわたしの仕事になった。それは一つの規律であり、わたしは苦しみながらも完璧に実行しようとし、慣れているはずなのに、落胆させられる。

 

 「わたし」の感じる孤独は、『べつの言葉で』で明かされたラヒリの孤独とほとんど地続きのもののように感じられる。はっきりとは書かれていないけれど、この物語での「わたし」は、イタリアのある町に暮らすイタリア人女性であるようだ。国籍も身の上も重ならない「わたし」とラヒリだが、どういうわけか、物語の始まりからふたりが同一人物であるかのように読めてしまう。母語にも母国語にも自らのアイデンティティを委ねることのできなかったラヒリ自身の孤独と悲しみが、かたちを変えてここにあらわされているように思われる。『べつの言葉で』で明らかにされたラヒリの内の葛藤が、さまざまな分身となって顔をのぞかせている。

 

わたしたち全部にうんざりして、そのバランスを壊して平衡状態から逃れることだけを望んでいたあなた

 

 母と「わたし」の間のいさかいにいつも背を向けていた父。いまは町なかの墓地に眠る父を「わたし」は墓前で断罪する。「バランスを壊して平衡状態から逃れることだけを望んでいた」その「父」が、読む側にはまるで、母語と母国語(さらには第三の言語)の狭間で苦しんだラヒリ自身の化身であるかのように思えてしまう。また、「わたし」を決して助けはしなかった「父」の姿は同時に、ラヒリにとって救いとならなかった言語、英語のうつし身のようにも見えてしまう。

 

 イタリア語で書くこと。それは自分に自由をもたらすとラヒリは言う。その自由はイタリア語で書くことにまつわる不完全さからくるのだと。だが、おそらくそこにはさらに、英語が象徴するすべてのものから解き放たれ、これまで書けなかった思いをより直截に表現できるという自由もあるだろう。この『わたしのいるところ』には、これまでのどの作品にもましてラヒリ自身の姿が透けてみえる。

 

 居心地のよい町にいながらどこにも根づいていると感じられない「わたし」は、物語の終わりにある決意をするが、その姿もまた、葛藤ばかりを突きつけてくる英語を捨ててイタリアに渡ったラヒリ自身を思わせる。

 

 根づいているという感覚を人にもたらしてくれるものはいったい何だろう。自分という存在がひとつの個として認められ、必要とされ、自分がそこにいることになにがしかの積極的な意味を感じさせてくれる他者の存在--少なくとも「わたし」にとってはそれが、根づいているという感覚につながる要素であるように思える。

 

 そもそも、根づいているとことさらに意識せぬまま置かれた場所になじむことのできている人はいるのだろうか。

 

 と、ここまで書いたのが2月のはじめ。ウイルスが世界を駆けめぐり、多くの人々の命を奪う事態になるなどとは想像もしていなかったころのことだ。上の文章を書いて3ヶ月が経った今、当時と同じ気持ちで作品に向き合うことができないでいる。ウイルスを持ちこめばコロリといってしまうだろう存在がそばにいて、職場に向かうにも食糧調達に出るにもウイルスから身を守るために細心の注意を払いながら過ごす日々が、人出の多寡をのぞけば以前と物理的にほとんど変わっていないはずの周りの景色を、張りつめた空気に満ち満ちた、よそよそしいものへと一変させる。変わったのは景色ではなく、景色を見て、そこに色をつけるこちら側の意識なのだろうけれど。

 

 そして、そんなこちらの乱れる心の内など意にも介さず、季節は移り、緑は芽吹き、太陽は遠く輝く。人間の思惑とは無縁のところで展開される自然のいとなみが、今はなににも増して有り難いものに感じられる。

 

 もし、多くの時間をひとりで過ごす「わたし」が、他者とのゆるやかなつながりをほぼ断ち切られてしまう生活を強いられることになったとしたら。その生活もそれまでの生活の延長線上にあるようなもので、少なくとも表面的には、さほど大きな変化もないままに過ごしていけるのだろう。運命共同体と思える存在が自分にはいないという事実がやがてさらなる孤独を突きつけてくるに違いないとしても。そしてその孤独は、だれかと一緒にいる者にとってもけっして無縁ではないし、それにだれにも接しないことで却って、自分が守られていると感じることはあるだろう。

 

 古井由吉氏が亡くなった。その名前を最初に知ったのは、ムージルの『愛の完成・静かなヴェロニカの誘惑』の翻訳者としてだ。もう15年ほど前になるか、知人に誘われ、氏が出席する牧野信一作品の朗読会に出掛けたことがあった。朗読会後の懇親会で言葉をかわす機会を得て、自分の作品で一番好きなものはなにかと聞いたところ、間髪いれずに「山躁賦です」と答えがかえってきたこと(おそらく同じ質問を何度もうけていただろうし、即答できるほどに氏のなかではどこか会心と思える境地をひらいた作品でもあったようだった)、執筆時にさまざまな苦労に見舞われ、いい思い出がないという『槿』に(ミーハーにも)サインをお願いするという失態を演じたことを思い出す。もし氏が今も生きていたなら、ウイルスに翻弄される私たちの今の姿をどのように見、どのように書いただろうか。