フユの備忘録

読んだ本の感想などを書いています

グレン・グールド ブラームス 間奏曲集

 ブラームス:間奏曲集

 Glenn GouldBrahms: 10 Intermezzi for piano

 

 グールドのアルバムの中で特に好きなもののひとつに、ブラームスの『間奏曲集』がある。今でこそ、幾人ものピアニストがブラームスのピアノ小品を集めたアルバムを出しているけれど、自分がこれを買ったころには、その手のものはあまりなかったように思う。グールドとブラームス。ちょっと意外な、でもブラームス好きの自分にとってはまたとない組み合わせに思えたアルバムをお店で見かけ、驚きつつも嬉しくなって即買いしたのだった。そして、聴いてたちまち虜になった。

 

 全部で10の間奏曲を、まるで自分ひとりだけのために弾いてくれているような、あるいはグールド自身、みずからの心の慰みのためだけに弾いているかのように感じてしまうほど、親密で繊細な息遣いが聴こえてくる演奏だ。ほかのだれとも分かち合えない自分の心の中のもっとも柔らかな核が、次々と生まれては消えてゆく音のつぶてに刺激され、共鳴し、ふるえる。ベートーヴェンを聴いていてもめったに感じることのない郷愁やメランコリー。ブラームスの音楽はその郷愁やメランコリーに多分に支配されていて、間奏曲にももちろんその趣きがあるけれど、グールドの演奏で聴くと、若々しさ・瑞々しさがきわだっていて、メランコリーにつきもののウエットさがまったく感じられない。このアルバムが優しさと甘さに満ちているのに決して胃もたれしない感じなのは、そのせいなのだろうか。あるいは小品でも骨太感のあるブラームスの作品だからなのだろうか。同じグールドのブラームスでも、晩年に録音したバラード/ラプソディが陰鬱な響きを勝らせているのとは対照的に、どこまでもさわやかに、追憶にふけり郷愁をしのばせる体の演奏になっている。

 

 ブラームスの器楽曲を聴いていると自然とまぶたにうかんでくるイメージがある。それは樹々に囲まれた鄙びた邸宅の、古いけれど隅々まで手入れの行き届いた一室ーーカーテン越しに午後の薄い光が柔らかに差し込んでいるーーといった景色なのだけれど、グールドの『間奏曲集』は、そんな部屋で奏者ひとり聴き手ひとりの密やかな演奏会に身をおいているような気持ちにさせてくれる。響きすぎない音、薄い膜一枚を隔てて聴くような、どこかくぐもった音がまた、よい。

 

GG: ブラームスの間奏曲のこれまでで最もセクシーな演奏です。

BA: 「最もセクシーな」とはどういう意味ですか?

GG: 即興的な雰囲気が出ていると思うのです。これまでのブラームスの録音にはなかったものではないでしょうか。これはまるでーー私の意見ではなく、友人の指摘ですがーー私は本当は自分のために弾いているのだけれど、ドアが開け放しになっている。そういう演奏なのです。忌み嫌う人もたくさん出てくるでしょうけれど、しかしーー

                    グレン・グールド発言集』 p. 203  

                 

  グールド自身がこのアルバムについて述べた言葉のなかに「即興的」という表現をみつけたとき、なんだか虚をつかれた感じがした。というのも、この演奏が「即興的」だと感じたことは一度もなかったからだ。「即興的」どころか、むしろ、目指す音の世界を具現化するために、タッチが完璧にコントロールされていて、よくよく練りあげられた演奏だなあと思っていたくらい。「即興的」というのであれば、このアルバムではなくて、いくつかあるベートーヴェンのピアノ・ソナタのほうではないだろうか、とも思った。

 

 でも「即興的」という言葉を意識しながら聴いてみると、なるほどという感じもする。リズミカルに機械のような正確さでテンポを刻みつつノンレガートで弾ききるバッハの演奏とは対照的に、アゴーギグもデュナーミクも採りいれながら、一瞬一瞬、湧きあがる感情にまかせて弾いているようには聴こえて、即興という表現は、多分、その点を指して言っているのだろう。

 

 それでもやはり、その「即興」のように一見うつるものは、実際のところは周到に用意された、演出された即興とでも言うべきものなのではないかと思えてならないのだが...(「即興「的な雰囲気」」という表現にも、それはあらわれているような)

 

 非難されるであろうことを承知で、なかば確信犯的に、楽譜上の指示をあえて無視しても自身の頭のなかで鳴っているであろう音を具現化していくのがグールドのやり方だ。その姿勢はこのブラームスでも変わらない。リピート記号やスタッカート記号をあっさり無視したり、多くの演奏家が採用するのよりもずいぶんと速いテンポで演奏したり。でもそんな、楽譜に対するちょっとした謀反が曲自体の魅力を損なってしまうことは、ない。損なうどころかむしろ、魅力を何倍にも増して聴かせてくれる(ときに、別のアルバムで、これはやりすぎなのではないだろうか、と笑ってしまうようなケースもあるけれど)。リピート記号を無視することで冗長さが消え、前半の盛り上がりとその後の静謐さとの対比が鮮明になり、一気に燃え上がりそして鎮静する炎を想起させるop118-1、速いテンポが左右それぞれの手のリズムの複雑さを際立たせて音楽に立体感がうまれ、ジャズっぽい雰囲気を醸し出すop76-6、スタッカート記号を思いきり無視してしっとりと歌いあげる様が情感あふれて素敵なop118-6。

 

 作曲家になりたかったグールドだ。過去の偉大な作曲家は目指すべきライバルで、作品を分析するにあたっては、自分ならここはこうする、とか、こうあるべきだ、という姿勢で向かわずにはいられなかったのかもしれない。彼がピアノを弾くのは、楽譜にあらわれる音の世界を、今一番望ましい(と彼が信じる)かたちで呈示するためだ。それを可能にするのに十分な技術をもって、いとも軽やかに。低声部と内声部にも光をあて、複数の旋律を重ねて、ごく目の細かな音の織物を紡ぎあげていく。このアルバムにかぎらず、グールドの演奏を聴いているとワクワクしてしまうのは、おそらく、曲の顔がよく見えるからなのだと思う。たんに楽譜上の音符が丹念に繋がれているというのではなく、曲にーー彼の声によるのではないーー歌が、息吹きが感じられて、楽譜に並べられた音符のむこうに存在する小宇宙を感じさせてくれるからなのだと。ヨーロッパでもアメリカでもない、カナダという地で、自主性を重んじる(しかなかった)師ゲレーロの教育方針も手伝って、伝統にとらわれない楽曲解釈を育みつづけ、ほかの誰ともちがう新鮮な音の世界を見せてくれるイノベーター、グールド。今年、没後40年を迎える。

グレン・グールド ベートーヴェン ピアノ協奏曲第4番

 

ベートーヴェン:P協奏曲第4番

 

  閉所恐怖がある身にとっては、コンサートのたぐいはどうにも敷居がたかく、音楽を楽しもうとすればもっぱら、ラジオかCD、DVD(またはTV)を聴く/見るということになる。好きな演奏家が現役で活躍していて、その音色をじかに聴けるチャンスが訪れたとしても、たくさんの人に囲まれてホールという空間に閉じ込められる恐怖を想像してしまうと、選択肢は「行かない」以外ありえなくなってしまうわけだが、チケットが即完売してしまえばともかく、入手可能な状態が続こうものなら、行ってみたい、でも行けない、という葛藤の日々を送ることになる。

 

 好きな演奏家が故人であれば、その演奏に触れるには録音にたよるほかないので、「行ってみたい、でも行けない」という葛藤に悩まされることはない。

 

 もし、コンサートは開かないと決めている演奏家がいるとしたら、それは言ってみれば、こちらの葛藤の原因をシャットアウトしてくれるのだから、ありがたい存在となるわけだ。たとえば「コンサート・ドロップアウト」で知られるグレン・グールドは、キャリアの途中から一切コンサート活動をしなくなったピアニストとして有名だが、自分がグールドを好きになったのには、そのことが少しは関係したかもしれない(親近感がわいたのだ)。でも、それだけが理由だったわけでは、もちろんない。はじめてグールドの演奏に触れたのはラジオを通じてだった。たまたま聴こえてきたバッハの曲の、ポロポロとこぼれ転がる真珠の珠を思わせるようなクリアで美しい音色と、ロマン派的叙情に侵食されていない、もったいぶった厳かさとは無縁の、グルーヴ感さえ感じさせる演奏に耳が吸いついてしまい、曲が終わって、番組の進行役が口にしたピア二ストの名前「グレン・グールド」をあわてて何かに書き留めたことを、かなりの年月がたった今もはっきりと覚えている。それまでは、バッハといえば、子供時代のピアノ・レッスンにまつわる灰色の思い出ーーバッハを弾くといつも、左手が弱いと先生に怒られたのだった(「左手、左手!」)ーーから、聴くにもついつい身構えてしまう存在だったのだけれど、そのときのグールドの演奏が、とっつきにくかったその大家との間にある垣根を取り払ってくれた。それは、過去の不幸な出会いから、ぎこちない付き合い方しかできていなかった作曲家についての、自分には見えていなかった魅力を、「ほら、これ」とわかりやすく示して見せてくれる、魔法のような演奏だった。

 

 そのグールドを、このところまたよく聴いている。一日の終わりに横になって聴くのは、不眠に悩む貴人のために書かれたという『ゴルトベルク変奏曲』と言いたいところだけれど、愛すべきあの81年盤は(55年盤より断然こちらだ)、いったん聴きはじめてしまうと展開の妙を追いかけるのに夢中になり、かえって目が冴えてしまうので、就寝前に聴くのに適した一枚とは、正直、言いがたい。今、入眠の助けになってくれることの多いのは、バーンスタイン率いるニューヨーク・フィルと共演したベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番。と言っても、この演奏にしたってリリシズムと官能性に満ち満ちていて、聴いていると胸が苦しくなることがあるから、就寝前の一枚とするのは本当は危険なのだけれど。

 

 いわゆる「ベートーヴェンらしさ」からは自由な地平で展開されるグールドのピアノは、『運命』のモチーフと言われる冒頭の和音4連打を微妙に崩して弾く瞬間から、静かにロマンチックが炸裂する。ゆるやかに緩急と強弱をつけ音色を変幻させながらの演奏はとてもエレガントで、聴いていると、大きな波にゆられて海面を漂っているような気分になってくる。まるで曲そのものが命を宿していて、柔らかくふくらんだかと思えば、緊張感をおびて引き締まったり、姿かたちを不断に変え息づく有機体であるかのようだ。キラキラと華やかにそして儚げに輝く高音と、その高音に寄り添いながら、また時には対峙するようにして存在を主張する中・低音。利き手の左手によって奏でられるその中・低音の豊かな響きが、重層的で広がりのある音の世界をつくりだしていく。鍵盤を叩きつけるようにして鳴らす耳障りな音はなく、どんなフォルテもフォルティッシモも柔らかくコーティングされていて、それが曲全体のエレガントな雰囲気にマッチしている。「こんな風に弾いてほしい」と曲自身が訴えているとおりの姿を、グールドが10本の指をもって、曲そのものになりきって、描いている感じがする。女王様のスキップみたいな、あまり走らない第3楽章も、慣れてみると、なかなか素敵。

 

 ピアノとオーケストラとが代わるがわる主題を奏でるなかで、何度聴いても心ゆさぶられてしまうのは、主導権がオーケストラに移る直前に、ピアノが奏でる最後の一音だ。その消え入るような音の美しさは格別で、その一音を味わいたいがために、せっかく訪れつつある眠りをも、いったん追い払うはめになる。つい息をひそめてしまうのは、繊細さの極みであるそのピアニッシモを前にすると、呼吸することさえ野蛮な行為に感じられてしまうから。

 

 鍵盤の上でポロポロと転がる音の粒をただ無心に追っていくうちに、気持ちが穏やかになっていく。この演奏を緩慢だと誹る人もいるだろうし、グールド本人もいつもの持論に従って演奏しているだけなのかもしれないけれど(それでも、やはりそれ以上の何かを感じてしまう)、自分にとっては、清らかさと色香にみちた、最高にgorgeousな第4番だ。

 

 あえて言うなら、グールドのピアノの繊細さにくらべると、オーケストラの音が粗野であるようにも朴訥であるようにも聴こえてしまう箇所があり、もう少し微に入った音のつくり方をしていたらなあ、と歯がゆく感じてしまう瞬間がある。そんな箇所にさしかかるたびに、もしこれが別の指揮者・オケとの共演だったらどうだっただろう、とつい想像してしまいもする。たとえば、第4番で自分が好きなもう一組の演奏、それはペライアチェリビダッケのものだけれど、もし、グールドがチェリビダッケと共演していたら、どんな風になっただろうかと。録音を認めなかった指揮者と、聴衆の前での演奏を嫌い録音に音楽の可能性を見たピアニスト。信条的に相対する二人がもし共演していたら、「ジョージ・セル事件」以上の何かが起きただろうか。そもそも共演の話が浮上する可能性などありえなかったか...。そんなことを考えながら、虚しくも、頭のなかで二人のエア共演による協奏曲第4番を繰りひろげてみるけれど、残念なことに、別々に録音された二つの演奏を上手く重ねて聴かせてくれるほど、この脳みそは精巧にはできていない。

 

 聴き手が自分の好みにしたがい、演奏者を自由に組みあわせて曲を聴いてみることができたらいいのに。

 

 『グールド発言集』(みすず書房刊)を読みかえしていたら、ヨーゼフ・クリップスとも第4番を共演しているらしいが(「ヨーゼフ・クリップスを讃えて」)その録音はないのだろうか? 後のストコフスキーアンチェルとの場合とは違い、拍子抜けするくらい正統派の(正統派ってなんだ?)演奏を聴かせてくれたクリップスとの第5番だったが、もし第4番も録音が存在するならば、ぜひ聴いてみたい(クリップスとのその第5番の目玉といえば、なんと言ってもティンパニーだ。ドン! ドン!という音ばかりが終始耳につき、もう、呆れるを通りこして笑ってしまった。マイクの位置が悪かったのだろうけど)

 

マリリン・ロビンソン 『ハウスキーピング』2

ハウスキーピング

 

 語り手をつとめるのは主人公のルースで、物語は全編、彼女の視点から語り進められていくのだが、はじめのうち、本当にルースが語っているのだろうかと疑問に思ってしまうような瞬間が何度か訪れる。たとえば、ルースの祖父は彼女が生まれるずっと以前に鉄道事故で命を落としているけれど、事故当時、脱線して湖に沈んだ車輌や乗客を探そうと、土地の若者たちが何度も湖深く潜っていく様子が描かれる場面などがそのひとつだ。その場面は、現場に居合わせてそこで起きたことのすべてをつぶさに見ていた者でなければ語れないような細部に満ちているし、水に潜る若者の、本人以外に知るよしもない心の内が描かれたりもしているので、ルースが語り手だと考えると、どこかつじつまが合わないように思えてしまう。また、物語がはじまって間もないころのルースはかなり幼くて、話が進展してもせいぜい20〜30代ほどにしかならないように読めるけれど、自意識に惑わされずに人間という存在を見すえるまなざしや、生死に対するどこか達観した構えを語りの向こうに感じ、その若さにそぐわぬ諦念を秘めた落ち着きに触れるたびに、読み手の脳内に混乱のさざなみがたってしまうのだ。そうなるともうページを遡って「わたしの名前はルース」という冒頭の一文を確認するしかなくなってしまうわけなのだが、さて、その冒頭の一文によって、語り手はたしかにルースなのだと自分に言い聞かせることができたとして、もとの場面に戻って先を読み進もうとページを繰っていくと今度は、なにやら不安が頭をもたげてくる。語り手としてのルースはいったい今どこにいて、どの時点から振り返って物語を語っているのだろうか。語り手としてのルースは、はたして生きているルースなのだろうか、と。

 

 物語を読むうえで、語り手の存在になんらかの戸惑いを感じることはそれほど珍しくもないことだけれど、それがこんなにも気になってしまうのは、なぜなのだろう。もしかしたら、それには、語り手ルースのそばで静かにたたずんでいる湖の存在が関係しているのかもしれない。湖がそこにあるせいで、ルースのまわりには常に死の影が漂っている。祖父だけでなく、のちに母ヘレンをも呑みこむことになる湖。それがルースを次の獲物として視界に捉え、隙あらばさらってやろうと息をひそめて機会をうかがっているように感じられるのだ。三代続けて湖に呑まれてしまうという尋常ならざる不幸が、なかば必然であるように思えてきてしまう。ルースはいかにして湖の一部となってしまうのか。あるいは、なってしまわないのか。もしその魔の手から逃れることができるのだとしたら、生きのびられるのだとしたら、そこにいたるまでの顛末は、いったいどのようなものになるのか。

 

 湖の底に落ちていくルースと、湖の誘惑を断ち切ってからくも生き続けるルースが、代わる代わる読み手の目の前に姿をあらわしては消えていく。そのどちらが幻でどちらが現なのかをはやく確かめたい気持ちがつのるあまり、ページをめくる手が急いてしまう。

 

 といっても、この『ハウスキーピング』は、巧みなストーリー展開で読み手を牽引するタイプの作品ではけっしてない。むしろストーリーからはずれた部分にたくさんの煌めきが見つかるような作品だ。他者の心のわからなさや孤独についてのいくつもの発見が長い時間をかけて著者の中に堆積されていき、それらの発見を説得力をもつような形でひとつひとつ繋げていった先にひとつのストーリーが浮かびあがったーーそれが『ハウスキーピング』という作品だーーといった趣きがある。作品をつらぬくメインロードとしてのストーリーはもちろんあるけれど、どちらかといえばそれは、点在する閃きに説得力を与えてより輝かせるための二次的な存在であり、読み手はときにメインロードから脇に一歩はいった小径へといざなわれる。その小径の先に見えるのは、頼りにできる他者がどこを見回してもいない環境ではぐくまれた孤独な若い魂ーー生よりも死に親和性を感じている魂ーーの漂泊、記憶と想像と内省の深い森であり、その森の磁場の強さに搦めとられた読み手は、自分が今どこにいるのかを見失ってしまう。

 

 

ジュンパ・ラヒリ 『わたしのいるところ』

わたしのいるところ (新潮クレスト・ブックス)

 

ジュンパ・ラヒリ 『わたしのいるところ』

 Jhumpa Lahiri, Dove me trovo

 中嶋浩郎訳 新潮社 クレスト・ブックス 2019年刊

 

 『べつの言葉で』に続き、ラヒリがイタリア語で書いた作品第二弾。長編小説とうたわれているけれど、こまかく46に分けられた章がそれぞれに小さくも完結した世界を築きあげているので、長編に向かうにあたっての気負いは読み手にいらない。読んでいると、もろいように見えてたやすくは砕けないごく透明な水晶の粒を、いくつも連ねて作りあげた繊細な首飾りが思い浮かんでくるような作品だ。

 

 主人公「わたし」は45歳を過ぎた独身女性。娘との同居を望んでいる母を尻目にひとり暮らしを続けている。大学で教え、学会に出席する研究者だが、教える仕事に心を捧げてはいない。同僚たちとはそりが合わないし、職場で過ごす時間を苦痛に感じてもいる。

 

 かつて恋仲にあった優しく美しい男は、いまでは友だちの夫だ。だれにも祝福されない不実な関係を妄想してみることもあるけれど、誠実で家族思いの彼とのあいだに間違いは起こりそうもない。

 

 五年間つきあって一緒に暮らしもした男とは、二股をかけられていたことがわかり、別れた。まだ同じ町に住んでいるその男を通りで見かけることがある。「馬鹿げた夢を追う野心家で、子供っぽい哀れな中年男」だと、今は未練なく切り捨てる。

 

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 バール、レストラン、病院 、美術館にプール ... 。子どものころから住みなれ、今ではその息遣いを感じるまでに馴染んだ町のさまざまな場所で「わたし」は日々を過ごしている。わずかな衝撃があればたちまちくずおれてしまいそうな少女のころの繊細さは失ってしまったとはいえ、それでも、ただ逞しいだけだとも言えない年ごろにいる「わたし」は、行く先々で目の当たりにする出来事のひとつひとつに心を揺らす。一見穏やかなようでいてその実、ひそかな緊張感と葛藤にみちてもいるその日常を、ひとり身の女の生態観察という趣をもってラヒリは描き出していく。

 

 ひとりでいる時にはもちろんのこと、だれかと一緒の時であっても、「わたし」の心を占めるのは常に、ひとり、という意識だ。他者と濃密な関係を築くには、勝りがちな自意識が壁となり一歩踏み込むことができないし、よほどのことがなければむしろ踏み込まなくてよいとさえ思っているようである。「わたし」自身、そんな性格ができあがってしまったのには両親の存在が大きいと思っている。娘の気持ちを理解しようともせずたびたび癇癪をおこした母、妻と娘の間の不協和音にわれ関せずを決めこみ、唯一の楽しみである劇場通いにいそしんだ亡き父。その二人から学んだことがあるとすればそれは、他者に依存せず、なにものからも一定の距離をとるという身の置き方だった。

 

 父、母と気持ちを通わせることがかなわかった過去を抱え--それでも母との間の距離を縮めようと努力はしている--とくべつ仕事に邁進することもなく家庭を築くこともなくきた「わたし」の毎日は、なにかに束縛されることのわずらわしさからは比較的解放されている。週に二度のプールや、月に二度のネイルサロンで気分転換をしたりーーもっとも、気分転換のつもりで行って、心乱れて帰ることもありはするがーー、人影まばらなお気に入りの美術館で太古の人の暮らしに思いをはせたり、バスの運転手とたわいない言葉のやりとりをしたり、他者のものに囲まれ他者のぬくもりをかすかに感じながらひとりの時を過ごしたり。そんな心なごむ時間はすべて、言うなれば、他者の存在を感じながらも決して深入りしなくてすむ関係のうえに成り立っている。

 

 みずから他者と距離をおくようにして生きてきたそんな「わたし」は、ある日、件の元カレ一家の留守をあずかることになる。そこでひとつの家族の歴史ーーそれはつまり家族としての時間の堆積だーーを如実に物語る数々のものを目にし、「家族がいかに巧妙な有機体であり、他人を寄せ付けない集合体であるかを一瞬のうちに理解」させられてしまう。それは、心の底に常によどみ続けてきた、ここはわたしの場所ではない、という感覚が残酷なまでにくっきりと立ちあがる瞬間だ。

 

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孤独であることがわたしの仕事になった。それは一つの規律であり、わたしは苦しみながらも完璧に実行しようとし、慣れているはずなのに、落胆させられる。

 

 「わたし」の感じる孤独は、『べつの言葉で』で明かされたラヒリの孤独とほとんど地続きのもののように感じられる。はっきりとは書かれていないけれど、この物語での「わたし」は、イタリアのある町に暮らすイタリア人女性であるようだ。国籍も身の上も重ならない「わたし」とラヒリだが、どういうわけか、物語の始まりからふたりが同一人物であるかのように読めてしまう。母語にも母国語にも自らのアイデンティティを委ねることのできなかったラヒリ自身の孤独と悲しみが、かたちを変えてここにあらわされているように思われる。『べつの言葉で』で明らかにされたラヒリの内の葛藤が、さまざまな分身となって顔をのぞかせている。

 

わたしたち全部にうんざりして、そのバランスを壊して平衡状態から逃れることだけを望んでいたあなた

 

 母と「わたし」の間のいさかいにいつも背を向けていた父。いまは町なかの墓地に眠る父を「わたし」は墓前で断罪する。「バランスを壊して平衡状態から逃れることだけを望んでいた」その「父」が、読む側にはまるで、母語と母国語(さらには第三の言語)の狭間で苦しんだラヒリ自身の化身であるかのように思えてしまう。また、「わたし」を決して助けはしなかった「父」の姿は同時に、ラヒリにとって救いとならなかった言語、英語のうつし身のようにも見えてしまう。

 

 イタリア語で書くこと。それは自分に自由をもたらすとラヒリは言う。その自由はイタリア語で書くことにまつわる不完全さからくるのだと。だが、おそらくそこにはさらに、英語が象徴するすべてのものから解き放たれ、これまで書けなかった思いをより直截に表現できるという自由もあるだろう。この『わたしのいるところ』には、これまでのどの作品にもましてラヒリ自身の姿が透けてみえる。

 

 居心地のよい町にいながらどこにも根づいていると感じられない「わたし」は、物語の終わりにある決意をするが、その姿もまた、葛藤ばかりを突きつけてくる英語を捨ててイタリアに渡ったラヒリ自身を思わせる。

 

 根づいているという感覚を人にもたらしてくれるものはいったい何だろう。自分という存在がひとつの個として認められ、必要とされ、自分がそこにいることになにがしかの積極的な意味を感じさせてくれる他者の存在--少なくとも「わたし」にとってはそれが、根づいているという感覚につながる要素であるように思える。

 

 そもそも、根づいているとことさらに意識せぬまま置かれた場所になじむことのできている人はいるのだろうか。

 

 と、ここまで書いたのが2月のはじめ。ウイルスが世界を駆けめぐり、多くの人々の命を奪う事態になるなどとは想像もしていなかったころのことだ。上の文章を書いて3ヶ月が経った今、当時と同じ気持ちで作品に向き合うことができないでいる。ウイルスを持ちこめばコロリといってしまうだろう存在がそばにいて、職場に向かうにも食糧調達に出るにもウイルスから身を守るために細心の注意を払いながら過ごす日々が、人出の多寡をのぞけば以前と物理的にほとんど変わっていないはずの周りの景色を、張りつめた空気に満ち満ちた、よそよそしいものへと一変させる。変わったのは景色ではなく、景色を見て、そこに色をつけるこちら側の意識なのだろうけれど。

 

 そして、そんなこちらの乱れる心の内など意にも介さず、季節は移り、緑は芽吹き、太陽は遠く輝く。人間の思惑とは無縁のところで展開される自然のいとなみが、今はなににも増して有り難いものに感じられる。

 

 もし、多くの時間をひとりで過ごす「わたし」が、他者とのゆるやかなつながりをほぼ断ち切られてしまう生活を強いられることになったとしたら。その生活もそれまでの生活の延長線上にあるようなもので、少なくとも表面的には、さほど大きな変化もないままに過ごしていけるのだろう。運命共同体と思える存在が自分にはいないという事実がやがてさらなる孤独を突きつけてくるに違いないとしても。そしてその孤独は、だれかと一緒にいる者にとってもけっして無縁ではないし、それにだれにも接しないことで却って、自分が守られていると感じることはあるだろう。

 

 古井由吉氏が亡くなった。その名前を最初に知ったのは、ムージルの『愛の完成・静かなヴェロニカの誘惑』の翻訳者としてだ。もう15年ほど前になるか、知人に誘われ、氏が出席する牧野信一作品の朗読会に出掛けたことがあった。朗読会後の懇親会で言葉をかわす機会を得て、自分の作品で一番好きなものはなにかと聞いたところ、間髪いれずに「山躁賦です」と答えがかえってきたこと(おそらく同じ質問を何度もうけていただろうし、即答できるほどに氏のなかではどこか会心と思える境地をひらいた作品でもあったようだった)、執筆時にさまざまな苦労に見舞われ、いい思い出がないという『槿』に(ミーハーにも)サインをお願いするという失態を演じたことを思い出す。もし氏が今も生きていたなら、ウイルスに翻弄される私たちの今の姿をどのように見、どのように書いただろうか。

エリザベス・ストラウト 「私の名前はルーシー・バートン」

 

エリザベス・ストラウト 「私の名前はルーシー・バートン」

 Elizabeth Strout,  My name is Lucy Barton

 小川高義訳 早川書房,   2017年刊

 

私の名前はルーシー・バートン

 

    どんな語学の初級教科書にも載っていそうだけれど、実際口にするには少しばかり不自然な例文がある。そんな例文を思わせるフレーズがジャケットを飾っているのを見て、ぼんやりとした違和感が湧き上がった。青とオレンジの配色が目に鮮やかなそのジャケットには、窓から高層ビルをのぞむ室内が描かれている。置かれているのはベッドが一台。人のいる気配はない。どことなく不穏な空気を漂わせている装画に、ホッパーの名が頭に浮かんだ。

 

  『私の名前はルーシー・バートン』

 

   タイトルからうかがえる通り、この物語の主人公はルーシー・バートンという女性だ。物語は最初から最後までルーシーの視点で語られる。ルーシーはニューヨーク在住の作家で、クリッシーとベッカという二人の娘の母親でもある。娘たちの父親であるウィリアムとはシカゴの大学時代に知り合い、ルーシーがまだ学生の時に二人は結婚、ニューヨークに移り住んだ。

 

 エイズがまだ死の病として怖れられていた1980年代半ば、ルーシーは盲腸の手術で入院する。計らずも9週間にまで及ぶことになった入院生活の、3週間ほど経ったある日のこと、何年も会っていない母がひょっこり病室に現れた。

 

 物語は、病室で過ごす母娘の5日間の会話を中心に、ルーシーの子ども時代の記憶や、現在の暮らしを垣間見せるエピソードを挿み、過去と現在とを行きつ戻りつしながら進んでいく。すべてがルーシーの視点で語られるのは、実はルーシーがこの物語を書いているという設定だからで、読み手はそのことに途中で気付かされることになる。物語の書き手がルーシーであるか否かで展開が大きく変わるわけではないけれど、作家セアラ・ペイン--ふとした偶然からルーシーは彼女と知り合うことになる--の存在が、作家としてのルーシーにどんな影響を与えたのか、あるいは与えなかったのかを考えながら読む楽しみが、ルーシーを書き手として意識することによって生まれてくる。ただそれを意識しすぎてしまうと、メタフィクションに備わる掴みどころのなさに、少なからず惑わされることになる。

  

 「自分の持ち物と言えるのは、頭の中で考えることだけ、というくらいに何もなかった」 そう振り返るほど、ひどく貧しい家庭に育ったルーシー。放課後、暖かい教室に残って宿題を済ませ、本を読む習慣をつけて成績を伸ばし、特待生として大学に進んだ。故郷のイリノイ州アムギャッシュを離れた後は進むべき道をひたすらに進み、ニューヨークでの生活を築き上げる。自分は「もう取り返しがつかないほど、この世界に関する知識がごっそりと抜け落ちて育った」ことを、ことあるごとに意識させられながら。

 

 長い空白の時を経て再会した娘ルーシーに母が語るのは、故郷アムギャッシュの住民たちの結婚生活の顚末だ。それもどういうわけか不幸に終わったものばかり。普通に考えれば見舞いの席でするような話ではまったくない。娘が自分の今の暮らしを聞いてもらいたくなって話をふっても、なぜか目を瞑って黙ってしまう母。うまく語り得ぬことには口を出さぬがよいと心得ている、とでも言うように。母が自分の話を聞いているのか眠っているのか測りかねる娘は、話を打ち切るしかない。

 

 そもそも、母はなぜそんな話ばかりするのだろう。もはや自分の知らない世界で生きている娘と共有できる話題といえば、地元の住人たちの噂話くらいしかないからなのか。それとも、遠い昔に教えられなかった人の世の知恵を今になって授けようとしているのか。あるいは、娘がものを書いていると聞いて、「話の種」を提供しようという親心からなのだろうか。

 

 適当な取りなしや、そらぞらしい慰めの言葉で、その場をやり過ごすことのできない母。幼少期の過酷な環境から癒えない心の傷を植えつけられた娘。それでも失われることなく心の奥底でくゆり続けた、親への愛。愛していると口に出しては言えない母の不器用な姿が描かれるひとときに、自然と笑みがこぼれ、目頭が熱くなってしまう。その母が、なぜ突然帰って行ったのか、なぜ最期にあのように言わなければならなかったのか。それもこれも、娘のためなのか、それとも…。一筋縄ではいかない人の心のありようが、ルーシーを、そして読み手を翻弄する。とりとめなく思われる会話の端々に、揺れる心のさまが映し出され、それは私たちの日々の経験とリンクする。

 

 悲しみやさびしさという感情を媒介に、ルーシーが近しさを覚える人たち--同じアパートの住人でフランス貴族の末裔を名乗るジェレミー、子育て中のママ友モラ、クリッシーとベッカの父親ウィリアム、そして強制収容所で祖父母と叔母3人を失ったユダヤ人の担当医。心の一番柔らかいところに触れてくるような、ルーシーと彼らの(特に医師との)やり取りは、ふたつの孤独な心の共鳴が描かれていて、どれもとても印象的で、いつまでも心の中で転がしておきたい味がある。

  

前の晩、悲しさを上手に着こなしているような医師が来て  ......  医師は握り拳をつくって、これにキスをすると、その手を宙にかざしながらカーテンを引き戻して ......

 

この医師が眉を上げるのを見たら、なんと恐ろしいことに、私の目尻からたらたらと涙がこぼれた。一瞬の間はあったようだが、医師はやさしく顔をうなずかせ、まるで熱を測るような手を私の頭に乗せて、涙の止まらない私をしばらく押さえていた。…

 

 「作家の仕事は人間の状況をレポートすること、私たちが何であって、何を考え、何をするのか伝えること」

 

 とある公開討論会でのこと、聴衆のひとりであるルーシーの目の前でセアラ・ペインが口にする言葉は、この物語のみならず、ストラウトの作品全体に通底するたたずまいを裏打ちしているように思う。「私たちが何であって、何を考え、何をするのか」 まさにそれこそがストラウトの作品の要諦であり、まあそれはストラウトのみならず、すべての物語の基本であるのだろうけれど、ストラウトの作品の場合は特に、その言葉がしっくりくるような気がする。つまり読み手にとっては、登場する人物たちに自分自身や身近な人たちの現し身を見てしまう瞬間が多分にあるということであり、作品に漂う空気に親しみと真実味を感じる瞬間があるということだ。

 

 もちろん、この言葉の直前に、ストラウトはペインにこう言わせることも忘れない。

 

 「作中での語りの声とは何なのか、作家個人の見解とは別物だ」

  

親切な言い方ではない、という感じだった。

 

 公開討論の会場で、ある男がセアラ・ペインについて辛口の批評をするのを聞き、ルーシーはこう反応する。「親切な言い方ではなかった」ではなく、「親切な言い方ではない、という感じだった」となっている。不意をつかれたような気がした。「という感じだった」この8文字が加わることで、読み手の意識が、その男だけでなく、男を見るルーシーにも向かっていく。語り手であるルーシーの存在がふわりと浮かびあがってくる。押しの強い語り手ではけっしてない。自分のものの見方が絶対ではないことを自覚し、「真実」というものがもしあるならば、それには一歩譲ろうという気持ちを常にもっている語り手だ。それだけに、後の

 

だが結婚において、人生において、金というものは大きいものだ、金は力だ、と私は思う。私が何と言おうと、誰が何と言おうと、金には力がある。

 

という断言の力強さがひときわ異彩を放っていて、思わず胸を衝かれてしまう。

 

 曖昧な記憶は曖昧なままに、知り得ぬ事実は知り得ぬものとして描かれるこの物語に、神の視点はなく、あくまでルーシー・バートンという一人の女性が見た現実が描き出される。答えのない問いが次々と湧き上がる人生の諸相のスケッチ。章立てはときに素っ気ないほど短く、派手な出来事が起きるわけでも声高な主張があるわけでもない。それでも読み終える頃には、顔かたちも服装もほとんど描かれないルーシーその人が、静かな存在感をもって像を結ぶ。

 

 

堀江敏幸 「曇天記」

曇天記

 

堀江敏幸 『曇天記』

 都市出版、2018年刊

 

 昨年の半ばからもう身体のあちらこちらに、これまでなかったような違和感をおぼえていた。年に一度、診療所から送られてくる健康診断の結果にも、数値で判断できるかぎりの警告がいくつか読み取れはしたが、これといって有効な対策をとらぬままに年の瀬を迎えた。年末年始の休暇が始まるも、仕事に行かなければのんびりできるかといえばそうもいかず、家で用事の山を黙々とこなす毎日。「少し、のんびり」とか「つかの間の息抜きを」などと脳内シミュレーションをしているあいだに、休暇はそそくさと終わってしまった。せめてもと出かけた映画「アリー/スター誕生」では思わぬハプニングが起き、上映30分もたたぬうちに途中退席となる始末。(冒頭、ブラッドリー・クーパーのライブシーンの迫力ときたら。いきなり度肝をぬかれてしまった)

 

  次に少しまとまった休みがのぞめる5月まで、なんとか持ちこたえてみせよう。そう心に決め、身体の具合をごまかしながら後の日々を駆け足で過ごしていたが、その、持ちこたえてやる、という気持ちの裏に傲岸さと少しの油断があったのか、あるいはその傲岸さの奥に秘められていた捨て鉢な心持ちが一息に弾けたのか、ともかく、なにかが沸点を超えたと思われる瞬間、ことは起きた。

 

 手術か、あるいは保存療法か。治療方針をめぐり医師の意見は割れた。いくつか病院をまわされ、最終的に手術は免れることができて安堵したのもつかの間、手術をしない分だけ長く、痛みと熱に悩まされる日々が続くことになった。身体の一部の不自由が、やがてじわじわと身体全体のバランスを崩しにかかり、普段は決して声高に主張しない小さな歪みが次から次へと叫び出して、こちらの苦痛と不安とをいや増しにする。

 

    身体のどこかがひどく痛んでいるときには、本を読もうとか音楽を聴こうという気にはどうしてもなれない。いつもなら心を晴れ晴れと爽やかにしてくれるような作品も、痛みに苦しんでいるさなかには、その存在が必要以上に眩しく見え、自分の境遇がことさら惨めに感じられてしまうし、更にそう感じてしまう自身の卑小さまでも思い知らされて、ダブルに気落ちしてしまう。この苦しみを決して引き受けようとはしてくれない作品の、自立した清々しさを軽薄だとさえ感じ、恨めしく思ってみたりもする。それなら逆に、深く考えさせられるような重いテーマをもつ作品ならよいかといえば、そういうわけでもない。重さを受け入れる心と身体の余裕がこちらにないから。「ハウスキーピング」の続きも、無論、今は書けそうにない。

 

 いったい、読むことで自分を哀れに感じたり、鬱屈する気持ちがつのったりしないような作品はあるのだろうか。痛みと熱のピークをなんとか乗り切り、自分の身体の外側に確かに存在する世界にふたたび目を向けることができるようになったころ、部屋にひろがる積ん読の小連峰をながめながら、タイトルを手掛かりに、ひょとしたらこれが、と手が伸びたのが、堀江敏幸氏の「曇天記」だった。

 

  不自由のない身体でいたなら、いささか鬱陶しく感じるかもしれない、明るくも、さりとてひどく暗くもない空、曇天。過剰な明度・彩度でこちらの生命力を削ぎにくることのない、ほどよい脱力感と曖昧さのある空模様が、痛みにやつれた身にとってはむしろ心地よいのではないか。そんな期待があった。

 

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 「曇天記」というタイトルが付けられたこの本では、曇りの日には外を歩くと決めた著者が歩いた分だけ積み重ねてきた邂逅をいくつも披露してくれる。曇天のもとでの邂逅とはいっても、ここに収められているエピソードのすべてが雲に覆われた空の下で起きたものというわけでは、もちろん、ない。柔らかな陽射しの注ぐ日、灼熱の太陽が照りつける日の話もあれば、雲のあるなしを確かめようのない夜更けの室内での話もある。それでもこの著者の手にかかると、「曇」「雲」という文字がどこにも姿をあらわさなくとも、描かれる景色がどこか、濃淡の違いはあれども、曇り空を彷彿とさせる灰色に染められているように感じてしまうのは、陽光が内包する熱気や雨がもたらす冷気の、時に神経を逆なでするような破調のエネルギーとは無縁の、適温の、というよりもむしろ、ほとんど温度を感じさせない空気がそこに漂っているからなのかもしれない。

 

  著者を取り巻く風景がやわらかに解きほぐされ、言葉への問いかけ、言葉との生真面目なたわむれを伴いながら思弁を交えて紡ぎなおされ、日常という名の手垢と生臭さを削ぎ落とされて、ほんのわずかに異次元の様相を帯びてあらわれる。

 

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 描かれる対象と描く側の距離が近すぎては決して生じえない、かすかな緊張感と乾いた空気が全編に満ちている。空を覆いつくす雲が大地を圧するように、言葉にこめられた意思・美意識が静かに紙面を均し、読み手を圧する。自然に見える言葉の流れは徹底した作為のたまものなのだ。

 

 だれも気に留めないような、けれど、よくよく見ればなんとも不思議な街の景観に、著者は敏感に反応する。歩きだからこそ、足を止めてみる余裕があるからこそ見える景色というものがある。すべての人に等しく見えるわけではないけれど。

 

 時に転びかけ、息を切らし、時間に遅れ、道に迷う著者。外歩きを続けるなかで自然と、いや必然的に露わになってゆく、そのどことなく不器用でぎこちないフラヌールらしからぬ挙動は、多くの場合めぐりめぐって(あるいは、めぐらずとも)ささやかな悲劇をひき起こす。その悲劇は、大概のささやかな悲劇がそうであるように滑稽さを併せ持っていて、読み手はときに自分の記憶のなかに似た経験を見つけ、思わず口元をゆるませてしまう。


    外歩きの途中で出会う見知らぬ人とのやりとりは、予定調和という錨を失い、あらぬ方向へ飛んでいって読み手の驚きや笑いを誘う。それでも偶然の糸に結ばれた二つの個の間にひとたび情が蠢けば、そこに叙情が生まれ、かすかな温みが漂う。読み手は、不意にもたらされるその温度/湿度の変化に戸惑いながらも、かすかな温みに触れた喜びに包まれる。

 

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  どんな光景にも描くべきなにかを見てしまう。ただぼんやりと目の前に広がる光景をながめているようにも見える著者だけれど、恐らくそのぼんやりはまったく油断ならなくて、なにも描くものがなさそうなところにも必ずなにかを見てしまう作家の鋭い目が、ぼんやりの向こう側で光っている。

 

 「予定」でも「予報」でもない、「予知」めいたなにかを体得するのはいつも身体の左側から。そんな、著者特有の感じ方が明かされる「曇天記」は、一人の作家の体感の記録でもある。ほんのわずかな差異をも逃さず感じ分ける鋭敏な神経に支えられた体感の記憶は、小暗い湿り気となって灰色の景色に斑らな跡を残す。

 

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  満足とはいえないこちらの体調のせいなのか、気を溜めやすい著者の身体の不調がうかがえる記述をいくつも見つけて、胸がザワザワしてしまう。ある程度の歳になると人は、大事なもののために日々自分の身を削って生きているような気がしてくるものだが、大学で教鞭をとりながら執筆・翻訳を続ける著者は、いったいどのようにしてその時間を工面しているのだろう、と事あるごとに心配になってしまう。多忙な著者の身体を慮って、会えばいつも優しい言葉を掛けてくれたという女性の、著者への最後の手紙を締め括る一文が、私の祈りと重なった。

  

くれぐれもご無理なさいませんよう、お祈りしております。

 

 2019年7月25日、ビルスマが亡くなった。

 

 

 

マリリン・ロビンソン 「ハウスキーピング」1

ハウスキーピング

マリリン・ロビンソン 「ハウスキーピング」

 Marilynne Robinson,  Housekeeping

 (篠森ゆりこ訳  河出書房新社、 2018年刊)

 

    本屋の書棚に立てかけられた本のジャケットがこちらを見つめていた。ジャケットいっぱいに描かれた、一本の大きな木と水面と、水面の向こうにたたずむ樹影。白、ラベンダー、青、そして緑など、寒色で塗りかさねられたその小さな空間は、うっすらと冷気を放ち、幻想的な雰囲気を漂わせていた。おごそか、だけど柔らか。冷ややか、けれど温かな。互いに相反するいくつもの空気を同時に醸し、どことなく神秘さをたたえている装画に、不思議な磁力を感じ、本を手にとる。著者の名が目に入って息をのんだ。Paris reviewのインタビューでその存在を知って以来、読んでみたいと思い続けてきた作家、マリリン・ロビンソンの名がそこにあった。

 

 マリリン・ロビンソンの作品で日本語で読めるものはあるのだろうか、と以前さがしてみた時には、「ピーターラビットの自然はもう戻らない」(新宿書房1992年刊)というノンフィクションがひとつ見つかっただけだった。今あらためて調べてみると、「ギレアド」が昨年、翻訳されている。そして今年「ハウスキーピング」が出たわけだけれど、これが映画「シルビーの帰郷」の原作なのだという。「シルビーの帰郷」といえば、ビル・フォーサイスだ。昔、フォーサイスの「ローカル・ヒーロー」を語って盛り上がった同僚が、ぜひ観るようにと薦めてくれたものの、結局、機会を逃して観ることができないまま今日まできてしまった、あの「シルビーの帰郷」の原作なのだと。

 

    「ローカル・ヒーロー」「ブレイキング・イン」に「グレゴリーズ・ガール」。フォーサイスの作品をいくつか思い浮かべてみたものの、オフビートな味わいが満載のどの作品をとってみても、未読のまま自分の中で勝手に思い描いている、いわば「妄想版マリリン・ロビンソンの世界」と繋がりそうな要素があるようには、その時は思えなかった。いったい、二人の世界はどのように混ざりあったのだろう。そんな問いが、読む前も、そして読んでいる間も頭から離れなかった。

 

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 私の名前はルース。妹のルシールと一緒に育った。 面倒をみてくれたのは祖母のミセス・シルヴィア・フォスターだったけれど、祖母が亡くなったら祖母の義理の妹たちであるミス・リリー・フォスターとミス・ノーナ・フォスターに代わって、その二人が逃げ出したら祖母の娘のミセス・シルヴィア・フィッシャーになった。

 

 冒頭のこの二つの文章が早くも波乱に満ちた展開を予想させる「ハウスキーピング」は、幼くして孤児となったルースとルシール姉妹の物語だ。母を亡くした姉妹はまず祖母に、祖母の死後は大叔母二人に育てられ、その後、叔母シルヴィが登場してそのシルヴィと共に暮らしていくことになるのだが、渡りの労働者でエキセントリックなところのあるこのシルヴィの存在が、それまで常に一緒で互いの必要性を疑うことなどなかったようなルースとルシール姉妹の、生来の気質、もののとらえ方、考え方の違いを徐々に露わにし、二人の関係に変化をもたらしていく。