フユの備忘録

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エリザベス・ストラウト 「私の名前はルーシー・バートン」

 

エリザベス・ストラウト 「私の名前はルーシー・バートン」

 Elizabeth Strout,  My name is Lucy Barton

 小川高義訳 早川書房,   2017年刊

 

私の名前はルーシー・バートン

 

    どんな語学の初級教科書にも載っていそうだけれど、実際口にするには少しばかり不自然な例文がある。そんな例文を思わせるフレーズがジャケットを飾っているのを見て、ぼんやりとした違和感が湧き上がった。青とオレンジの配色が目に鮮やかなそのジャケットには、窓から高層ビルをのぞむ室内が描かれている。置かれているのはベッドが一台。人のいる気配はない。どことなく不穏な空気を漂わせている装画に、ホッパーの名が頭に浮かんだ。

 

  『私の名前はルーシー・バートン』

 

   タイトルからうかがえる通り、この物語の主人公はルーシー・バートンという女性だ。物語は最初から最後までルーシーの視点で語られる。ルーシーはニューヨーク在住の作家で、クリッシーとベッカという二人の娘の母親でもある。娘たちの父親であるウィリアムとはシカゴの大学時代に知り合い、ルーシーがまだ学生の時に二人は結婚、ニューヨークに移り住んだ。

 

 エイズがまだ死の病として怖れられていた1980年代半ば、ルーシーは盲腸の手術で入院する。計らずも9週間にまで及ぶことになった入院生活の、3週間ほど経ったある日のこと、何年も会っていない母がひょっこり病室に現れた。

 

 物語は、病室で過ごす母娘の5日間の会話を中心に、ルーシーの子ども時代の記憶や、現在の暮らしを垣間見せるエピソードを挿み、過去と現在とを行きつ戻りつしながら進んでいく。すべてがルーシーの視点で語られるのは、実はルーシーがこの物語を書いているという設定だからで、読み手はそのことに途中で気付かされることになる。物語の書き手がルーシーであるか否かで展開が大きく変わるわけではないけれど、作家セアラ・ペイン--ふとした偶然からルーシーは彼女と知り合うことになる--の存在が、作家としてのルーシーにどんな影響を与えたのか、あるいは与えなかったのかを考えながら読む楽しみが、ルーシーを書き手として意識することによって生まれてくる。ただそれを意識しすぎてしまうと、メタフィクションに備わる掴みどころのなさに、少なからず惑わされることになる。

  

 「自分の持ち物と言えるのは、頭の中で考えることだけ、というくらいに何もなかった」 そう振り返るほど、ひどく貧しい家庭に育ったルーシー。放課後、暖かい教室に残って宿題を済ませ、本を読む習慣をつけて成績を伸ばし、特待生として大学に進んだ。故郷のイリノイ州アムギャッシュを離れた後は進むべき道をひたすらに進み、ニューヨークでの生活を築き上げる。自分は「もう取り返しがつかないほど、この世界に関する知識がごっそりと抜け落ちて育った」ことを、ことあるごとに意識させられながら。

 

 長い空白の時を経て再会した娘ルーシーに母が語るのは、故郷アムギャッシュの住民たちの結婚生活の顚末だ。それもどういうわけか不幸に終わったものばかり。普通に考えれば見舞いの席でするような話ではまったくない。娘が自分の今の暮らしを聞いてもらいたくなって話をふっても、なぜか目を瞑って黙ってしまう母。うまく語り得ぬことには口を出さぬがよいと心得ている、とでも言うように。母が自分の話を聞いているのか眠っているのか測りかねる娘は、話を打ち切るしかない。

 

 そもそも、母はなぜそんな話ばかりするのだろう。もはや自分の知らない世界で生きている娘と共有できる話題といえば、地元の住人たちの噂話くらいしかないからなのか。それとも、遠い昔に教えられなかった人の世の知恵を今になって授けようとしているのか。あるいは、娘がものを書いていると聞いて、「話の種」を提供しようという親心からなのだろうか。

 

 適当な取りなしや、そらぞらしい慰めの言葉で、その場をやり過ごすことのできない母。幼少期の過酷な環境から癒えない心の傷を植えつけられた娘。それでも失われることなく心の奥底でくゆり続けた、親への愛。愛していると口に出しては言えない母の不器用な姿が描かれるひとときに、自然と笑みがこぼれ、目頭が熱くなってしまう。その母が、なぜ突然帰って行ったのか、なぜ最期にあのように言わなければならなかったのか。それもこれも、娘のためなのか、それとも…。一筋縄ではいかない人の心のありようが、ルーシーを、そして読み手を翻弄する。とりとめなく思われる会話の端々に、揺れる心のさまが映し出され、それは私たちの日々の経験とリンクする。

 

 悲しみやさびしさという感情を媒介に、ルーシーが近しさを覚える人たち--同じアパートの住人でフランス貴族の末裔を名乗るジェレミー、子育て中のママ友モラ、クリッシーとベッカの父親ウィリアム、そして強制収容所で祖父母と叔母3人を失ったユダヤ人の担当医。心の一番柔らかいところに触れてくるような、ルーシーと彼らの(特に医師との)やり取りは、ふたつの孤独な心の共鳴が描かれていて、どれもとても印象的で、いつまでも心の中で転がしておきたい味がある。

  

前の晩、悲しさを上手に着こなしているような医師が来て  ......  医師は握り拳をつくって、これにキスをすると、その手を宙にかざしながらカーテンを引き戻して ......

 

この医師が眉を上げるのを見たら、なんと恐ろしいことに、私の目尻からたらたらと涙がこぼれた。一瞬の間はあったようだが、医師はやさしく顔をうなずかせ、まるで熱を測るような手を私の頭に乗せて、涙の止まらない私をしばらく押さえていた。…

 

 「作家の仕事は人間の状況をレポートすること、私たちが何であって、何を考え、何をするのか伝えること」

 

 とある公開討論会でのこと、聴衆のひとりであるルーシーの目の前でセアラ・ペインが口にする言葉は、この物語のみならず、ストラウトの作品全体に通底するたたずまいを裏打ちしているように思う。「私たちが何であって、何を考え、何をするのか」 まさにそれこそがストラウトの作品の要諦であり、まあそれはストラウトのみならず、すべての物語の基本であるのだろうけれど、ストラウトの作品の場合は特に、その言葉がしっくりくるような気がする。つまり読み手にとっては、登場する人物たちに自分自身や身近な人たちの現し身を見てしまう瞬間が多分にあるということであり、作品に漂う空気に親しみと真実味を感じる瞬間があるということだ。

 

 もちろん、この言葉の直前に、ストラウトはペインにこう言わせることも忘れない。

 

 「作中での語りの声とは何なのか、作家個人の見解とは別物だ」

  

親切な言い方ではない、という感じだった。

 

 公開討論の会場で、ある男がセアラ・ペインについて辛口の批評をするのを聞き、ルーシーはこう反応する。「親切な言い方ではなかった」ではなく、「親切な言い方ではない、という感じだった」となっている。不意をつかれたような気がした。「という感じだった」この8文字が加わることで、読み手の意識が、その男だけでなく、男を見るルーシーにも向かっていく。語り手であるルーシーの存在がふわりと浮かびあがってくる。押しの強い語り手ではけっしてない。自分のものの見方が絶対ではないことを自覚し、「真実」というものがもしあるならば、それには一歩譲ろうという気持ちを常にもっている語り手だ。それだけに、後の

 

だが結婚において、人生において、金というものは大きいものだ、金は力だ、と私は思う。私が何と言おうと、誰が何と言おうと、金には力がある。

 

という断言の力強さがひときわ異彩を放っていて、思わず胸を衝かれてしまう。

 

 曖昧な記憶は曖昧なままに、知り得ぬ事実は知り得ぬものとして描かれるこの物語に、神の視点はなく、あくまでルーシー・バートンという一人の女性が見た現実が描き出される。答えのない問いが次々と湧き上がる人生の諸相のスケッチ。章立てはときに素っ気ないほど短く、派手な出来事が起きるわけでも声高な主張があるわけでもない。それでも読み終える頃には、顔かたちも服装もほとんど描かれないルーシーその人が、静かな存在感をもって像を結ぶ。