フユの備忘録

読んだ本の感想などを書いています

マリリン・ロビンソン 「ハウスキーピング」1

ハウスキーピング

マリリン・ロビンソン 「ハウスキーピング」

 Marilynne Robinson,  Housekeeping

 (篠森ゆりこ訳  河出書房新社、 2018年刊)

 

    本屋の書棚に立てかけられた本のジャケットがこちらを見つめていた。ジャケットいっぱいに描かれた、一本の大きな木と水面と、水面の向こうにたたずむ樹影。白、ラベンダー、青、そして緑など、寒色で塗りかさねられたその小さな空間は、うっすらと冷気を放ち、幻想的な雰囲気を漂わせていた。おごそか、だけど柔らか。冷ややか、けれど温かな。互いに相反するいくつもの空気を同時に醸し、どことなく神秘さをたたえている装画に、不思議な磁力を感じ、本を手にとる。著者の名が目に入って息をのんだ。Paris reviewのインタビューでその存在を知って以来、読んでみたいと思い続けてきた作家、マリリン・ロビンソンの名がそこにあった。

 

 マリリン・ロビンソンの作品で日本語で読めるものはあるのだろうか、と以前さがしてみた時には、「ピーターラビットの自然はもう戻らない」(新宿書房1992年刊)というノンフィクションがひとつ見つかっただけだった。今あらためて調べてみると、「ギレアド」が昨年、翻訳されている。そして今年「ハウスキーピング」が出たわけだけれど、これが映画「シルビーの帰郷」の原作なのだという。「シルビーの帰郷」といえば、ビル・フォーサイスだ。昔、フォーサイスの「ローカル・ヒーロー」を語って盛り上がった同僚が、ぜひ観るようにと薦めてくれたものの、結局、機会を逃して観ることができないまま今日まできてしまった、あの「シルビーの帰郷」の原作なのだと。

 

    「ローカル・ヒーロー」「ブレイキング・イン」に「グレゴリーズ・ガール」。フォーサイスの作品をいくつか思い浮かべてみたものの、オフビートな味わいが満載のどの作品をとってみても、未読のまま自分の中で勝手に思い描いている、いわば「妄想版マリリン・ロビンソンの世界」と繋がりそうな要素があるようには、その時は思えなかった。いったい、二人の世界はどのように混ざりあったのだろう。そんな問いが、読む前も、そして読んでいる間も頭から離れなかった。

 

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 私の名前はルース。妹のルシールと一緒に育った。 面倒をみてくれたのは祖母のミセス・シルヴィア・フォスターだったけれど、祖母が亡くなったら祖母の義理の妹たちであるミス・リリー・フォスターとミス・ノーナ・フォスターに代わって、その二人が逃げ出したら祖母の娘のミセス・シルヴィア・フィッシャーになった。

 

 冒頭のこの二つの文章が早くも波乱に満ちた展開を予想させる「ハウスキーピング」は、幼くして孤児となったルースとルシール姉妹の物語だ。母を亡くした姉妹はまず祖母に、祖母の死後は大叔母二人に育てられ、その後、叔母シルヴィが登場してそのシルヴィと共に暮らしていくことになるのだが、渡りの労働者でエキセントリックなところのあるこのシルヴィの存在が、それまで常に一緒で互いの必要性を疑うことなどなかったようなルースとルシール姉妹の、生来の気質、もののとらえ方、考え方の違いを徐々に露わにし、二人の関係に変化をもたらしていく。