フユの備忘録

読んだ本の感想などを書いています

「バッハ・古楽・チェロ アンナー・ビルスマは語る」

バッハ・古楽・チェロ アンナー・ビルスマは語る【CD付】 (Booksウト)

アンナー・ビルスマ+渡邉順生 著、加藤拓未 編・訳

「バッハ・古楽・チェロ アンナー・ビルスマは語る」

 Bach, early music and violoncello : a conversation with Anner Bylsma

  アルテスパブリッシング、2016年刊

 

 なにかあった時にいつでも起きられるようにという緊張のせいか浅い眠りが続き、やがてその浅い眠りさえなかなか訪れなくなって身体が悲鳴を上げはじめたころのこと、冴えざえとする目を閉じさせてくれるような穏やかな音楽を求めて、あてどなく音源を聴き回っていて、ある日、ビルスマとインマゼールが奏でるベートーヴェンのチェロとピアノのためのソナタに行き当たった。衒いのない、軽やかで、なのに艶やかで、聴いているそばから踊りだしたくなるような開放感とグルーヴ感に満ちた演奏は、それまでに聴いた誰によるものとも違っていて、こんな楽しいベートーヴェンがあったのか、という驚きと嬉しさに、たちまち心を奪われてしまった。興奮したまま第1番、第3番と聴き続け、結局その晩はあれほど待ちわびていたはずの眠りに充たされることはなかったものの、そのうちに、ビルスマの音を聴いていて感じられる、自分を縛る紐がひとつひとつほどけていき、音がいざなう情景に身も心も自在にワープしてしまうような、そんな解放感が、時に導眠剤の役目を果たしてくれるようになっていった。

  (ちなみに、ビルスマはインマゼールの前にビルソンとも録音を残している。そちらの演奏はさらにダイナミズムを感じさせるものになっていて、音楽は生き物なのだ!ということをより雄弁に語ってくれる)

 

 その後「バッハ・古楽・チェロ」という本が刊行されているのを知り、買い求めた。レオンハルトに師事し、ビルスマと共演したこともあるというフォルテピアノ奏者の渡邉順生氏が、ドイツ・バロック音楽の研究者、加藤拓未氏を伴い一週間にわたってビルスマにインタビューを行い、そして生まれたのが「バッハ・古楽・チェロ」だ。この本には、演奏から想像された人柄そのままの、ユーモアあふれる真面目な音の求道者たるビルスマがいて、「音は人なり」もまた真なのだと確信した。ますますビルスマが好きになった。著者(話者)がすぐそこから語りかけてくるような、体温の感じられる訳文が、どことなく宮下志朗氏訳のモンテーニュ「エセー」を思わせる、とても楽しい本だ。